第5話: 最後まで付き合いますよ
僕たちは駅前広場のベンチに座って、次はどうするか話すことにした。あてになりそうなのは藍水沢くらいしか思い浮かばなかったから、すでに策は尽きてしまっている。僕も色々と頭を巡らせたが、やはり良さそうな方法は思いつかず、二人ともベンチに座って黙りこくっているだけであった。
僕は、一旦三枝を家にあげて、もう一度じっくり話を聞こうと思った。話を聞いたところで何の解決にもならないかもしれないが、少なくとも、ここで黙っているよりはましだろう。幸い、明日は祝日で暇だ。話が長くなったところで、別段問題はない。僕たちは電車に乗り、僕の自宅に向かった。
僕の自宅はごく普通の賃貸で、特徴といってもちょっとリビングが広いだけの、何の変哲もない部屋だ。運よく昨日、部屋の掃除を済ませていたので、三枝に汚い部屋を見せずに済んだ。
リビングの椅子に座っている三枝に、僕は紅茶を出した。夜なのでカフェインレスのものを淹れた。紅茶をすすりながら、三枝が言った。
「すいません、家まであげてもらって」
「いいんですよ。乗り掛かった舟ですから、最後まで付き合いますよ」
僕は自分の分の紅茶を淹れ、リビングの椅子に腰かけた。僕は聞いた。
「そういえば、そのパソコンはどこで手に入れたんですか?」
三枝はパソコンを見ながら答えた。
「これは、姉の部屋にあったんです」
僕はへえ、と相槌を打った。静かなリビングに、僕が紅茶をすする音だけが響いた。少し沈黙があった。
「姉は、亡くなったんです」
僕は右手でティーカップを持っていたが、思わずぴたりと手が止まった。三枝は俯いていた。壁掛け時計の秒針の音が、カチコチと鳴っていた。
「病気で亡くなりました。かなり仕事熱心で、酷く不摂生でした。姉は忙しくて私と会うことも少なかったですが、会ったらいつも優しくしてくれました。このパソコンは姉の形見なんです」
「そうだったんですね...」
僕は、図らずも暗い話を言わせてしまって申し訳なくなった。少し別の話題に持っていこう。
「お姉さんは、何の仕事をしていたんですか?」
「そうですね...私もよく知らないんですが、姉は研究員でした。内容はほとんど知らないんですが、脳がどうとか――」
その時、女性のつんざくような叫び声が窓の外から聞こえてきた。はっきりと声が聞こえたから、きっと場所は近くだ。しかも、僕はその声色に聞き覚えがあった。この声はあいつの声じゃないのか。そう思って、僕は慌てて窓から家の前の通りを覗いた。
僕の予想は当たっていた。声の主は藍水沢だった。藍水沢は、薄暗い通りでサングラスにマスクをした複数の男たちに腕を引っ張られていた。藍水沢は必死に男たちの手を振りほどこうをしているようだった。そして、一人の男がポケットからハンカチを取り出して、藍水沢の口をそれで抑えた。すると藍水沢は急に力を失い、魂が抜けたかのように、後ろに居た男にもたれかかった。
それを見て僕は、玄関を飛び出した。靴も履かずに階段を駆け下りた。階段を降りきって通りに出ると、力の抜けた藍水沢が、大きめの車のトランクに載せられようとしていた。
藍水沢を離せ
僕はそう叫びながら、藍水沢を載せようとしている男に飛び掛かった。飛び掛かって、男たちを振り払うつもりだった。そのつもりだったが、僕一人が飛び掛かったところで、相手は複数だ。振り払うことなんてできない。
僕は背後から首元を強く殴られた。人は延髄に衝撃が加わると意識を失うというのを、フィクションでよく見るが、僕はそれを実感した。首に衝撃が走った瞬間、視界がぐらつき暗くなったのだ。なんとか意識は保ったが、僕は地面に跪いてしまった。その瞬間に、僕の口元に一枚の布が押し当てられた。
布からの臭気を吸い込んで、僕は意識を失った。
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