第4話: またいつでも来てね
僕たちはカフェの会計を済ませて、最寄りの駅まで歩くことにした。知り合いが働いているパソコンショップは、ここの最寄駅から二駅先の駅の出口を出てすぐそばにある。時間帯もあってか、電車の中は空いていた。しばらく電車に揺られてから改札を出て、数分ほど歩けば大通りに出た。通りの様子は電気街といった感じで、パソコンショップはもちろんアニメやゲーム関連の店、ジャンク品の並んだ薄気味悪い店まで多種多様な店が並んでいた。知り合いの居る店は、通りに入ってすぐの場所にあった。僕は店を指さして言った。
「この店です」
三枝はへえ、と言って店を眺めていた。入りましょうと僕が言うと、三枝もついてきた。店内は少し冷房が効きすぎているのか肌寒かった。目玉商品、破格の値段、安心サポート、充実保障などと書かれた札がそこらじゅうに張られていた。二次元のキャラクターのグッズもちらほら置かれていた。七色に光るパソコンやキーボードもあちこちに展示されていて、パソコンショップにしては騒がしすぎるような印象を受けた。
店の中を進んでいくとどこからか、いらっしゃいませという声が聞こえてきた。そして僕と目が合うと、その店員さんは表情を明るくした。
「久氏じゃん!どうしたのうちの店なんか来て?」
僕はよお、と手を挙げて挨拶した。青いエプロンをした店員さんはこちらに歩いてきて、そして三枝の存在に気づいたようだ。店員さんはわあ、と声を上げてから言った。
「彼女さん?新生活のためにパソコン買いにきたの?」
僕は焦って答えた。
「バカ違うよ!偶然知り合っただけだ」
三枝は苦笑いをした。店員さんは「あれ、違ったんだ。ごめんなさーい」と軽い口調で謝った。前々から思っていたが、この人はどうも適当にものを言っている節がある。僕はため息をついてから言った。
「三枝さん、この人は
そう僕が紹介すると、店員さんは三枝に向かってニコリと笑った。三枝も自分の名前を名乗って、軽く頭を下げた。藍水沢は僕に向き直って言った。
「で、うちの店に来てどうしたのよ。パソコン壊れた?」
僕はカフェで三枝から聞いたことを、藍水沢に説明した。説明しながら、思考が読み取れるパソコンが存在するなんて信じてくれるだろうかと思ったが、藍水沢は終始真剣な表情で話を聞いてくれた。そして僕は、三枝のパソコンで何か分かりそうなことがあるなら、調べたいということを伝えた。僕が一通り話し終えてから、藍水沢が言った。
「なるほどねえ。それじゃ、パソコンに不審なプログラムが入ってないか見ればいいかな?」
「ウイルスが入っているかもしれないってことか?」
僕は藍水沢に尋ねた。藍水沢は腕を組みながら答えた。
「その思考を読み取れる、ってのが悪意あるプログラムかもしれないからね。表向きではジョークめいたものというか、パソコンに被害を与えるものではないかもしれないけれど、調べてみないと分からないよね。隠れたところで、パソコンの情報を抜き取ったりしてるかもしれないし。実際のところ、そんな変なプログラムが常に立ちあがってるんだったら、まあかなり怪しいよね」
そのパソコン借りていいですか、と藍水沢が聞くと、三枝はパソコンを手渡した。藍水沢はパソコンを少し奥の作業スペースに持って行ったので、僕らもそれについて行った。作業スペースは長めの机が置かれていて、机の上には精密ドライバーやらニッパーなどの工具が散らばっていた。脇には本棚があり、分厚いマニュアルのような本や、コンピューターに関する専門書が何冊か置かれていて、机の真ん中には大きめのディスプレイと外付けのキーボードが置いてあった。藍水沢は机の上の工具たちを手で押しやって、空いたスペースにパソコンを置いた。そして椅子を持ってきてそれに座ってから、机の下にある段ボールの中をがさごそと探り始めた。
「うーん、あいつどこにあるんだ?...あったあった」
藍水沢は段ボールから平べったい弁当箱のような機械を取り出して、それに付いていたアンテナを立て、ACアダプターを繋いだ。機械に電源が入り、いくつかのランプが点滅し始めた。僕はその機械が気になって聞いた。
「なんなんだ?それ」
「周囲の電波を、これで拾い上げるの。近くの無線通信は大体これで拾える」
藍水沢は手を動かしながら答えた。藍水沢は三枝のパソコンを開くと、その画面をじっと見つめた。パソコンの画面には、誰かの考えているであろう他愛もない言葉が、つらつらと書かれていた。藍水沢はしばらくパソコンの画面を見てから、デスクの上にあったディスプレイに目をやった。ディスプレイには真っ黒の画面に、白い文字がいくつか書かれているだけで、パソコン素人の僕には何だか難しそうに見えた。
藍水沢が机の上のキーボードを素早く叩いて文字を入力すると、ディスプレイに色々と文字が出力された。藍水沢はまた、キーボードを叩いてはディスプレイを睨むのを、何度か繰り返した。僕たちは藍水沢が作業するのをじっと見守っていた。
十分ほど経った頃、藍水沢がキーボードから手を放し、椅子にもたれてから言った。
「うーん、全然見つからないなあ」
「見つからない、って?」
僕は藍水沢に聞いた。
「怪しい通信がねえ、まるでない。パソコンの情報を何か一つでも抜き取ってるかと思ったけど、このパソコンからは、いたって普通の通信しか飛んでない」
藍水沢はパソコンを閉じて言った。
「ごめんなさい。私ではこれ以上は分からないや。私から言えるのは、このパソコンに悪意あるプログラムはなさそうってことだけ」
藍水沢はパソコンを三枝に返した。三枝は残念そうに、そうですかと言った。
「せめて少しでも、謎が解けたら良かったんだけどね。私ではこれが限界かな」
「いえそんな、懸命に調べてくださっただけでも、私は嬉しいです」
三枝がそう言うと、藍水沢は少し安心したように顔をほころばせた。すると、三枝が鞄から財布を取り出して聞いた。
「あの、代金とかってかかりますよね?」
藍水沢は椅子から立ち上がって言った。
「いいですよ。結局何も分からなかったし。お代はいりません」
「いいんですか?」
三枝が申し訳なさそうに聞くと、藍水沢は明るく笑顔を浮かべてから言った。
「パソコンの謎、解けたらいいですね」
三枝はありがとうございますと礼を述べた。僕は藍水沢に会うたびに思うのだが、藍水沢の笑顔には、人の気持ちを明るくさせるものがあるように思える。彼女の笑顔には、作り物のような感じがない。本当に心の底から笑っているんだというのを、見ている側に思わせてくれる。そしてきっとそのことが、彼女の笑顔を明るくさせているのだ。
僕は店頭に並んでいる商品を見て言った。
「タダでパソコンをみてもらったんだ。このままでは帰れない。せめて何か一つ、このお店の商品を買っていくよ」
そして僕は、数日前に自分のマウスパッドの上に飲み物をこぼしてダメにしたのを思い出した。三枝が言った。
「私も、何か買わせてください。家で使っているマウスを何年も買い替えてないので、この機会に買い替えます」
藍水沢はありがとうございますと笑顔で言うと、僕をマウスパッドコーナーに案内してくれた。続いて、マウスコーナーへと案内してくれた。僕たちは商品をかごに入れてレジに行った。レジは藍水沢がしてくれた。会計を済ませると、藍水沢はレジを離れ、店の出口まで僕たちを送ってくれた。
「またいつでも来てね。この店割と暇だから、遊びに来てよね」
藍水沢は手を振って僕たちを見送った。僕たちは大通りを歩いて駅に戻り始めた。もう日が暮れてきて、街灯がつき始める頃だ。空はうっすらと暗くなって、たくさんの電光掲示板の明かりが、ぼんやりと街を照らし始めた。ふと、僕がつぶやいた。
「調べてくれたけど、何も分かりませんでしたね」
三枝はそうですね、と小さい声で言った。僕は彼女の姿を目で見ていたわけではなかったが、彼女が、少し落ち込んでしまっているのを感じ取った。
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