第3話: どこか懐かしいような

 先ほど注文したブレンドコーヒーが、今しがたテーブルに置かれた。ここのブレンドコーヒーは程よい酸味と澄んだ後味が特徴だ。普段はそこまで菓子を食う方ではないが、このコーヒーを飲むときは甘いクッキーを合わせたくなる。


 僕は猫舌だから、熱いコーヒーは一気に飲めない。できればぬるいくらいにしておいて欲しいものだが、コーヒーは熱いうちに飲むべきだというのも十分に理解できる。だから出されてすぐは、一口だけ口をつける。だがお節介なことに、喫茶店のコーヒーというものは、冷めないようにあつあつに温められている。出されてすぐの喫茶店のコーヒーほど、飲むのに難儀する飲み物もそうないだろう。しかし今日の一杯はいつもの倍くらいあつあつだ。カップの持ち手はもちろん、ソーサーまでじんわりと熱が伝わっている。三枝が不思議そうにこちらを覗き込んで言った。


「ほんとに猫みたいですね」

「何がですか?」

「いえ、あなたが猫が水を飲むように、舌先だけ出してぺろぺろコーヒーを舐めてるものですから」

「え?僕そんなことしてました!?」


 ええ、と三枝は頷いた。確かに今日のコーヒーはいつもに比べて格段に熱い。あまりに熱いから慎重に飲もうと思っていたら、まさか無意識にそんなことをしていたとは。僕は顔が熱くなった。


「猫舌なんですよ、悪いですか」


 僕はカップを置いた。恥ずかしいところを見せてしまった。とりあえず話題を変えよう。


「それで、手伝うっていっても、僕は何をすればいいんですか?」


 三枝は気まずそうに視線をそらした。そして、少し言い淀んでから言った。


「それが、私にも見当がついていないんです。」


 僕は困惑を通して呆れてしまった。どうやって力を貸せばいいかすら分からないとは恐れ入った。ということはきっと、この人には本当に手立てが一切ないのだろう。このパソコンの使い方、由来、仕組み、そのどれも本当に知らず、頼れるとなればパソコンに反応しやすい人間くらい。それくらいしか、あてが思いつかなかったのだろう。僕は大きくため息をついて言った。


「なんの手掛かりもないんですね?けど仕方ないでしょう。僕も引き受けるといった以上、できることはしますよ」

 

 三枝は目を輝かせてから、繰り返しお辞儀をした。


「ありがとうございます。策すら用意していないといったら、もしかしたら匙を投げられるかもしれないと思っていました。ありがとうございます」

「そこまで謝らないでください。一緒に方法を考えましょう」


 三枝が何回も頭を下げるものだから、僕も辟易してしまった。


 三枝は飼い犬の毛をなでるように、パソコンに触れた。艶消し塗装の筐体は、三枝の手に撫でられると潮騒のような音を微かに奏でた。


 「このパソコンには本当に謎が多いです。私はこのパソコンについてなんにも知りませんが、どこか懐かしいような、そんな感覚を覚えるんです」


 三枝は柔和な笑みを浮かべて、パソコンを見つめていた。赤みを帯びた日の光が、彼女の頬を照らした。もう夕方になり始めた頃だ。テラスの外から、自転車にまたがった学生の声が騒がしく聞こえてきた。


 ふと僕は、良い知人の存在をパソコンを見て思い出した。あいつはパソコンが大好きだったけ。パソコンや機械には滅法強いくせに、人の感情には無頓着だったか。


 「いい知り合いがいるのを思い出しました。パソコンショップで働いてるんです。もしかしたら力になってくれるかもしれません」

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