第一話: あなたの考えていることです

*この物語はフィクションであり、実際の製品とは関係がありません。 


 なんて失礼な、と僕が声を荒げたせいで、多くの人で賑わっているはずのカフェが一瞬静かになった。


 知らぬ間に腰は椅子から浮き上がっていたし、身は半分前に乗り出していた。やってしまったと思い、する必要のない咳払いをして、再び座った。


 店内は老夫婦やらサラリーマンなど、色々な客層の人たちであふれていたが、少し離れた場所の若いカップルが、こちらを見ながらひそひそ話しているような気がした。


 まったくとんだ時間にこの店に入ってしまったものだと僕は、何も考えずにぶらりと店に入ったことを悔いた。いつもこのカフェにはよく来るし、常に人が多いのは知っていた。


 けどまさかカウンター席の一つも空いてなくて、あろうことか相席でしか座れないなんて言われるとは思わなかった。今時相席なんてありかよ、と心の中ではそう思ったが、店員さんがあまりに申し訳なさそうにしていたので、断れなかった。


 あとは、案内される席の前に美人なOLさんが座ってたから、あそこの席ならまあ悪くないかも、と思ったのもある。机の上には黒いノートパソコンを置いていて、何か仕事をしている風だった。その人もえらく凛とした佇まいをしていて、近寄りがたい雰囲気が出ていたが、それはそれで、相席したとしてもお互いに何も会話しなくても大丈夫なように思えた。


 だが今は、その相席で座るという選択は完全な間違いだったと確信している。


 僕が席に座って、申し訳なさそうに「相席でしか座れないみたいで、すいません」と頭をかきながら座ったとき、対面のOLは僕と目も合わせず「そうですか」と言って、コーヒーをすするだけだった。

 

 この時点で僕は、遠目からこの人を見ていたときの予感があまりにも的中したと思った。もうこれ以上何も会話しなくてもいいのではとも思ったが、流石にそれでは気まずくて居れたものではないので「今は仕事を、されてるんですか?」とだけ聞いた。


 するとそのOLは、先ほどまで文字を打ち込んでいたであろうノートパソコンの画面を、何も言わずにこちらに向けてきた。カーボン調の艶消しの塗装に、キーボードの中央には、マウス代わりに操作ができるトラックポイントが、小さくて赤いキノコのようについていた。筐体の端の方にはThinkpadと書かれていた。


 画面にはいくつか文字が書かれていた。そこには「この店いつも混んでるな」「相席なんてありかよ」「席に座っている人美人だな」「うわ、気まずいなあ」「今日はとりあえずいつも注文しているブレンドにするか」「いやたまにはウインナーコーヒーもありだな」などなど、どうでもいいような他愛のない、誰かのセリフのようなものが書かれていたが、僕にはそれらがまさに自分が考えていたことだと、すぐに分かった。


 真面目に仕事をしてるかと思ったら、人のことを観察して、人様の考えていることを言い当てるようなことでもしてるのか。僕は心の中を覗き見されたような感覚がして腹が立った。僕の姿や立ち振る舞いに、余程感情が表れていたのかもしれないが、だとしても、わざわざパソコンに打ち込んで、僕自身に見せる必要などないだろうに。


 僕は声を荒げたが、OLは変わらず涼しい顔をしていた。そのことにすら苛立ちを覚えたが、少し落ち着いて考えた。確かにパソコンに書かれていた文字は、僕が考えていたことそのものだったが、このOLとはもちろん初対面だ。見知った仲でお互いに仕草や立ち振る舞いの癖を理解しているなら、僕の考えていることを読み取れることもあるかもしれないが、そういうわけではない。ましてやこのOLは僕が店の入り口から、席に着くまでのあいだの様子しか見ていないはずだ。その少ない情報だけで読心術ができるとは思えない。僕は聞いた。


「その文字は一体なんなんですか。いきなり見せられたから、びっくりするじゃないですか」


 そのOLはさも当たり前のことであるかのように言った。


「あなたの考えていることです」


 僕は、また怒ってしまうかと自分でも思ったが、それ以上に困惑した。


「いやけど、なぜそんなことがあなたに分かるんですか?心理学のエキスパートか何かですか?」


 OLはかぶりを振った。


「いえ。私は全然」


 僕は段々、訳が分からなくなってきて、言葉を失った。僕が混乱していると、OLはパソコンを自分の方に向きなおして、声を低くして言った。


 「あなたに、頼みたいことがあります」


OLは続けた。


 「私はこのパソコンの使い方を知らないんです」

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