第17話 魂の休息
巨大な影を救った帰り道、霧は晴れ、三途の川の水量も元に戻っていた。
一歩踏み出すごとに、自分は仕事を無事に終わらせた、という満足感が胸の奥から湧き出してくる。太郎は軽い足取りで、イザナミ食堂うらめしやの戸を開いた。
「ただいま!」
店の中では、いつものように3人の幽霊がカウンターに並び、厨房にはイザナミが立っている。
「おかえり、たろっち」女子高生幽霊が、いつもの仕草でスマホのカメラを向けてくる。
「生きて帰ってきたな」老幽霊が、その隣で満足そうに頷く。
「おかえりの爆発する?」子供幽霊がニヤリと笑った。
「爆発はやめて」太郎は荷物をカウンターに置いて、余っていた椅子に座った。
いつも通りの仲間の姿を見て安心したのか、椅子とお尻がくっついたようにそこから動けなくなってしまった。
「イザナミさん、体調は?」
太郎を一瞥したイザナミは、涼しい目をして小さく頷いた。
「おかげで、魂が軽くなった」
「おかげ?」
太郎は首を傾げる。何か知っている雰囲気に、思っていたことを明かした。
「確かに、あの巨大な影はイザナミさんと関係しているみたいでしたけど、あれってイザナギさんだったんですか?」
巨大な影は男の姿をしていた。だからあれは、イザナギなのかと太郎は思っていたのだ。
「いや。あれは私の未練の一部だ」
「え? イザナミさんだったの?」
巨大な影はイザナギではなく、イザナミ自身の後悔が作り出した幻のようなものだった。
あの場所で別れたことが、ずっと彼女の心に残っていた。
もしおにぎりを食べていなかったら。
もし桃をイザナギに食べさせていたら。
もしかしたら……。
そんな彼女の後悔が、忘れ去られた領域に取り残されていたのだ。
三途の川の水量が増えたのは、彼女の魂が泣いていたのかもしれない。
「私も少し自由になった」
イザナミは、そう言いながら鍋を洗う。
(イザナミさんの未練だったの!? 俺、そんな大事なこと知らなかった)
「魂の休息じゃな」老幽霊が、お茶をすする。
「イザナミさんも大変だね」女子高生幽霊は、映えデザートを一口食べた。
「お兄ちゃんも食べる?」子供幽霊は自分の爆発おやつを1つ摘まむと、太郎に差し出した。
(守護者も悪くないな)
差し出された爆発おやつを、口に入れる。口の中で、小さく弾ける感覚がある。
店の中を明るく照らすろうそくが、それに反応するように瞬いた。
血のつながりはないけれど、この食堂がまるで黄泉の国の家族のように感じられて、太郎は微笑んだ。
(幽霊は怖くない)
黄泉の国に来たばかりの頃、感じていた恐怖はもうなくなっていた。
「よし、じゃあ次の仕事だが、またオーダーが入っていてな」
注文票を取り出そうとするイザナミから、太郎はくるりと背を向けた。
「幽霊は怖くなくなったけど、どんどん仕事を回してくる上司が怖い!」
太郎の魂の叫びに、イザナミも他の幽霊たちも、楽しげに声をあげて笑った。
いざなみ食堂うらめしや 佐海美佳 @mikasa_sea
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