第X話 平等だったはずの死
死神でありながら、ぼくは信じていた。
“死は、すべての人に平等に訪れる”
身分も、金も、罪も善も超えて。
死だけは――ただひとつの公平な終着点であると。
でも、それは違った。
柊司敬一。
颯太を轢き殺し、報道を捻じ曲げ、何事もなかったように生き続けた男。
ぼくは、その死を導こうとして――
六度、失敗した。
事故を起こそうとした。
病を植えつけようとした。
精神を壊そうとした。
自然災害に巻き込もうとした。
他者を使って刃を向けさせた。
……それでも、彼は死ななかった。
生き延びた。
ではない。
「死の対象にならなかった」
ぼくの手が、彼には届かなかった。
“死は、平等ではなかった”
気づいてしまった。
ぼくらが与える“死”というものは、
実はとても曖昧で、脆く、
社会や金や暴力の前では簡単に“順番”を変えられる。
死神であるぼくらは、
ただその“捻じ曲げられた巡り”に寄り添うだけ。
それを「仕事」として消化してきただけ。
ぼくが信じていた“死の正義”なんて――
最初から、どこにもなかった。
もう、何も見たくなかった。
目の前で生きる“歪んだ命”を。
正しく死んでいった“罪なき者たち”を。
比べるたびに、自分の無力さが喉を刺した。
ぼくがやっていたのは、救いじゃなかった。
ぼくが振るっていたのは、ただの思い上がりだった。
“この男にだけは、等しく死を”
そう願ったあの日の自分が、今は滑稽でならなかった。
死神Aが、黙ってそばにいた。
何も言わない。
でも、そばにいた。
その沈黙が、胸に沁みた。
「……もう、戻ろうと思う」
ぼくは、ようやく言った。
「わかった」
Aは、それだけ言った。
責めなかった。
励まさなかった。
ただ、受け入れてくれた。
帰り道の空は、どこまでもどこまでも、灰色だった。
以前はその灰色に、希望を見ていた。
“終わりは誰にも来る”という静かな確信。
でも今は違う。
その空は、ぼくの中の“幻想”の墓標のように、無表情だった。
ぼくは、帰還した。
死神界に。
怒りも、信念も、全てを置いて。
今は、ただ静かに、目を閉じるだけだ。
世界を変えられない死神が、
せめて誰かの終わりに寄り添えるように。
もう、「平等」という言葉を信じることはない。
でも、それでも――
「見守ること」だけは、忘れないでいたい。
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