第25話 神の刃、届かず
ぼくは、最後の手を使った。
暴徒。
それが、ぼくが導き出した“最も人間的な裁き”だった。
柊司に憎しみを抱く者は、探せばいる。
政敵、内部告発者、元部下――
だが、ぼくが選んだのは「最も無関係な誰か」だった。
誰かの息子。
誰かの恋人。
誰かの弟。
ただの通り魔。
社会に絶望し、自分の怒りをどこにもぶつけられなかった一人の青年に、ぼくはそっと“誘導”した。
彼の心の奥に、“怒り”という名の火種を撒き、
徐々に育て、そして――武器を手に取らせた。
柊司はその日、都心の講演会に出席していた。
警備は厳重だったが、裏口のルートには一瞬の隙があった。
青年は、そのルートを正確に突き、
SPたちの網をかいくぐり、会場に突入した。
ナイフが振り上げられたその瞬間、ぼくは時間を止めた。
止めたのは、死神としての“本能”だった。
「これでいいのか?」
ぼくは、自分に問うた。
「ここまでして、“正しさ”を取り戻すつもりか?
神の名を騙り、“人間”を殺す道具にして――本当に、それが望んだ終わりなのか?」
SPたちは即座に反応し、青年は取り押さえられた。
その後、彼は“精神鑑定”を受け、衝動的犯行と処理された。
柊司は、一切傷つかず、ただ「治安の緩み」を糾弾する声明を出した。
ぼくは、完全に敗北した。
「やったことは、呪いだった」
ぼくは認めた。
自分が、“人間の魂”を使って、私怨を晴らそうとしたことを。
それは、もう“死神”ではなかった。
死神Aが来たのは、それからすぐだった。
「もういい。戻ってこい」
「……見てたんだな」
「見てたさ。あんな真似、ほっとけるか」
「おれは、神じゃなかった」
「最初から、そんなもんだよ。
ただのお前だった。
正しさを信じた、誰より優しい、ただの死神だった」
ぼくは、顔を覆った。
「ごめん……」
その言葉が、ようやく出たとき、
自分がどれほど追い詰められていたのか、理解した。
「戻ろう」
Aが言った。
「お前が何をしても、颯太の死は戻らない。
だけど、お前がそれを“忘れなかったこと”――それだけは、誰より意味がある」
ぼくは、涙を流していた。
死神に、涙はないはずなのに。
この死神には、世界を変える力はなかった。
不平等を正す権限もなかった。
けれど、たった一つの死に怒り、
最後までそれを見届けようとした。
そのことだけは、嘘じゃない。
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