第5閑話 現・傍観者死神

「……なあ、最近、何も言わなくなったな」


いつもの場所。いつもの空。


死神Aの声が、風のように聞こえた。


ぼくは、何も答えなかった。

ただ、座っていた。


誰かの死を追いかけていた頃とは違う。

怒りもない。涙もない。


あるのは、空っぽの沈黙だけだった。


「お前、昔はよく語ってたよな。

“人の死には意味があってほしい”とか、

“死期を知らせるのも優しさだ”とか」


Aは煙草に火を点けた。


「今はどう思う?」


ぼくは、ようやく口を開いた。


「……わからないよ。

たぶん、もう“正しさ”とか“意味”とか、

そういう言葉を信じていない」


「それでも、お前はまだここにいる」


「そうだな」


「見てるんだろ?」


「……ああ。見てるよ。

誰にも気づかれないように。

ただ、そこにいるだけの、傍観者として」


死の平等なんて、幻想だった。


人は、金で死を遠ざける。

力で死を捻じ曲げる。

嘘で死を隠す。


“人は、自分の死すらコントロールしたがる生き物”だった。


それを理解してしまった今、

ぼくには、もう告げる勇気も、導く力もなかった。


けれど、それでも――


「……死期がわからないことも、幸せの形なのかもしれない」


その言葉が、ふと口をついて出た。


Aは、一瞬だけ驚いた顔をして、笑った。


「それ、昔のお前なら絶対に言わなかったセリフだな」


「でも、今はそう思う。

“いつ死ぬかわからない”からこそ、

人は“今”を一生懸命に生きるんだ。

それが、唯一の救いかもしれない」


ぼくらは、“死”の先にあるものを知らない。

知っているのは、“死に至るまでの時間”だけ。


だからこそ、ぼくはこれからも――

ただ静かに、寄り添っていこうと思う。


誰かが、いつかのぼくのように、

怒りや絶望に沈みそうになったとき。


声をかけることはできなくても、

その背中を、見守っていられるように。


空は、いつもの灰色だった。


でもその灰色は、もう“絶望の色”ではなかった。


それは、“終わりを包む、優しい色”。


そして今日も、またひとつの魂が空へと昇っていく。


ぼくはただ、目を閉じて、風の中にその気配を感じた。


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傍観者死神 れおりお @reorio006853

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