第24話 逃れ得る者

天気は、久しぶりに穏やかだった。

湿度もなく、日差しは柔らかく、空はどこまでも青かった。


けれど、ぼくの中は違った。

すでに三度、柊司敬一を“終わらせる”ことに失敗している。


事故。病。精神。


そして今度は――自然。


「天災すら、奴には届かないのか? それを確かめる番だ」


標的は、南海トラフ。

地殻のわずかな揺れが引き金となり、太平洋沿岸に巨大な地震が起きる。

その兆候が、数日前からぼくの観察していた地層に出ていた。


柊司は今、伊豆の別荘にいる。

一帯は土砂災害危険区域。

標高の低い地形に、急傾斜の山道。

地震が起これば、逃げ場はない。


人間にとって、それは“想定内の災害”だろうが、

ぼくにとっては“死期の巡り”そのものだった。


「もう、これで終わらせる」


ぼくは天と地に許可を出した。

揺れが起き、土がうねり、木々が軋む。


夜半。地響きと共に山が崩れ、別荘の周囲に濁流と岩が押し寄せた。


……だが。


柊司は、無傷だった。


彼の別荘は、地下三階に及ぶ全自動防災シェルターを備えていた。

耐震強度は震度9以上に耐え、数週間分の食糧と酸素循環設備が完備されていた。

災害情報は都心の本部から即時転送され、彼は発災の5分前に“自主避難”していたという。


あの男は、すでに“自然災害をも想定していた”。


「……どうなってる」


声が出たとき、自分の喉が掠れていることに気づいた。


ぼくは“神”だ。

人間の死の流れを見守り、必要に応じて促す存在だ。

けれど――この男に対しては、すべてが“無力”だった。


その夜。

ぼくは死神Aのもとを訪れた。


「……やったのか」


「やった」


「で?」


「失敗だ」


Aは煙草に火を点け、空を見上げた。


「お前、もう“神”じゃなくなってきてるな」


「……ああ、わかってる」


「自然災害で殺そうとする死神。

それを笑う気はないけど――

それでも奴が死なないってことは、まだ“巡り”が来てないってことだろ」


「そんなのは……言い訳にしか聞こえない」


ぼくは地面を見つめた。


「誰かが死んで、誰かが生き残る。

その“差”が、意味を持たなくなったら……

ぼくらは、“ただの飾り”じゃないのか?」


Aは少し黙って、ふっと呟いた。


「お前、もしかして“正しさ”に絶望したのか?」


「正しさは、届かなかった。

でも……それでも、ぼくはあきらめたくない。

“この男にだけは、等しい死を”」


この回も、終わりは来なかった。


でも、ぼくの中の何かがまた一つ変わっていくのを感じた。


怒りだけでは“死”は導けない。

けれど、それでも“諦める理由”にはならない。


次の一手は、もっと違う方向から迫る必要がある。


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