第22話 生きるための仕組み、生かされるための仕組み
三度目の“死の導き”だった。
柊司敬一。
颯太を殺した官僚。
自らの地位と関係性によって、少年の死を“事故”から“自殺”へとねじ曲げた男。
ぼくは、そんな彼の「本来あるべき死の形」を探していた。
事故でも、病でも、自然災害でもいい。
死は等しく、訪れるべきだ。
人間が人間である限り、その終わりは“誰かに選ばれるもの”ではなく、“等しく与えられるもの”でなければならない。
だが、今回も――“それ”は叶わなかった。
標的は、病。
柊司は軽い頭痛と倦怠感を感じていた。
ぼくは、彼の脳内に小さな腫瘍の種を蒔いた。
時間をかけて育てば、視野の歪みや判断能力の低下をもたらす。
いずれ重篤な脳腫瘍となり、自然に“終わり”を導くだろう。
それが、ぼくなりの“穏やかな裁き”だった。
だが、柊司は翌日、違和感を覚えるや否や即座に最高レベルの脳スキャンを受けた。
結果、種は即発見され、精密な摘出手術がわずか72時間後に完了。
執刀医は国家主導の“神経外科特任チーム”。
彼は術後わずか1週間で復帰し、その間も重要政策は“代理ブレイン”が代行していた。
「備えられてる……」
ぼくは唇を噛んだ。
「“死”ですら、あの男には届かないのか……?」
その夜、Aがまた現れた。
「また“生き残った”か」
「……ああ」
「今の気分は?」
「最悪だよ」
ぼくは答えた。
目の前にあった“終わり”が、システムと準備によって見事に覆される。
それは“神”であるぼくですら、手を出せない領域だった。
「死神って、虚しい職業だよな」
Aが言った。
「本来は静かに拾い上げるだけの存在が、
こうして“狙って殺す”みたいな真似まで考えて、
それでも失敗する。哀しいな、君」
「お前は……これを見ても、何も思わないのか?」
「思うさ。
でも俺は、君ほど“自分の感情に正直”じゃない」
Aのその言葉に、ぼくは沈黙した。
ぼくは、柊司の病室をずっと見ていた。
そこには完璧な機械、精緻なスタッフ、無菌室、栄養制御、ストレス管理。
「人が死ぬことを前提にしない環境」が、徹底されていた。
彼が起き上がり、鏡で髪を整える姿に、ぼくの感情がひび割れた。
「なぜお前だけが、死から逃げられる?」
颯太は何もしていない。
ただ信号を渡っただけ。
誰の迷惑にもなっていない。
誰かの権力も脅かしていない。
それでも彼は、“死”を押し付けられた。
一方で、この男は――
ぼくの中で、また一つ“均衡”が崩れた。
「死は、等しくあるべきだった」
それは幻想だったのか?
ぼくの信じてきた“死の平等”が、
柊司という男の前では、あまりにも脆く、あっけなかった。
「……まだ、終わらせない」
ぼくは呟いた。
彼に“終わり”が訪れるそのときまで、
ぼくは見続ける。
怒りが消えないうちは、まだ死神として在り続けられる。
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