平等であるはずの死
第21話 神の視線、届かぬ場所で
「今日もまた、生きている」
それが、ぼくが最初に思ったことだった。
颯太を轢き殺した政府高官――名を、柊司敬一という。
交通局出身のエリート官僚。
現在は内閣直属の危機管理庁で、次期長官候補とも言われている。
彼は、颯太の死後も変わらぬ日常を過ごしていた。
高層マンションに住み、黒塗りの車で出勤し、
会議室で手を動かし、誰かの前で笑っている。
ぼくは、ただの死神として、彼の死のタイミングを見極めるべくその日々を監視していた。
だが――
「この男には、“平等な死”すら届かないのか?」
そう思わずにはいられなかった。
柊司敬一。
五十八歳。既婚。子どもはいない。
飲酒もタバコもせず、規則正しい生活。
人間ドックでは毎年A判定。
すでに難病対策の治療データベースに名前が登録され、どんな疾病にも対応できる医療体制が整っている。
彼の部屋には最新の空気浄化装置がある。
万が一のための緊急避難システムが地下に備わっている。
暴漢対策の訓練を受けたSPが常にそばにいる。
「どれだけ死から逃れる準備をしてるんだ、こいつは……」
人間の平均寿命より、はるかに長く生きる予定で整えられた暮らし。
それを見て、ぼくの中の“怒り”は、静かに沸騰していた。
一度だけ、接触のチャンスがあった。
ある夜、彼の乗った車が小道に入ったとき、ブレーキが甘くなった。
ぼくは風を操り、視界を一瞬だけ遮った。
車は縁石に乗り上げ、フロントがガードレールに軽く接触した。
事故にはならなかった。
柊司は車内で一言、「大丈夫か?」と運転手に問い、静かに前を向いた。
その目は、何の感情もなかった。
「……記憶にも残らないような事故だけを起こして、何事もなかったように過ごすのか?」
その瞬間、ぼくの中で“死神”としての職務が、崩れかけた。
「お前、本当にやるつもりか?」
背後で声がした。Aだった。
「そいつの死期を“早める”ってことだ。
それはもう、裁きだぞ」
「死期は決まっていない。
“事故”であの少年を殺したときに、本来ならその男の死も並んでいてよかった」
「じゃあ、あのとき起きなかった事故は、何なんだ?」
「――“ぼくらが手を抜いた結果”かもしれない」
ぼくの声は、震えていた。
「一度、あの子を“見殺しにした”死神が。
今度は見逃さない。
同じ命なら、“終わり”も同じ重さであるべきだろう?」
Aはため息をついた。
「その怒り、いつまで持つつもりだ?」
「“この男の死”を見届けるまで」
ぼくは、柊司を“傍観”する決意を固めた。
だがそれは、もう以前のような静かな観察ではない。
これは、“神の目”ではなく、“怒れる魂の目”。
彼が次にどこで、どのように死を迎えるのか。
その“可能性”をすべて拾い集めて、死期を“導く”。
それが、ぼくの仕事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます