第4閑話 裁かぬ者が、正しさを欲したとき
死神界の空は、いつもどこかよどんでいる。
それが今夜は、とびきり暗く見えた。
ぼくは、久しぶりにこの場所に戻ってきていた。
人間界で感じた怒り。
あの少年の死。
報道の歪みと、それを肯定するシステム。
そしてなにより、何もできなかった自分自身への苛立ち。
それらを抱えたまま、ただ黙っていた。
「やっぱり戻ってきたな」
声をかけてきたのは、Aだった。
いつものように煙草を咥え、こちらを見下ろすように立っていた。
「怒ってるか?」
「……怒ってるよ」
ぼくは答えた。
答えずにいられなかった。
「どうにもならないことばかりだ。
でも、見て見ぬふりなんて、できなかった」
Aは頷いた。
「見て見ぬふりは、おれたちの仕事の基本だぞ」
「わかってる。でも、それでも無理だったんだ」
ぼくは拳を握った。
「“ただの死”じゃない。あれは、“殺された人生”だった。
その死が無かったことにされて、誰にも届かず、忘れられていく。
それを、ぼくはどうしても許せなかった」
沈黙が落ちる。
Aはしばらく煙草をいじりながら、口を開いた。
「なあ、正直聞くけどさ。
お前は今でも“死は平等”だと思ってる?」
ぼくは、即答できなかった。
昔はそう思っていた。
死は平等。
すべての命に対して、その終わりは公平であるべきだと。
でも、今は違う。
「死は、平等なんかじゃない。
立場も金も、記録の改ざんも、正しさを歪めていく。
誰かの死は語られ、誰かの死は消される。
それが現実だった」
Aは静かに頷いた。
「それでもお前は、“語られる死”を選びたいんだな?」
「……ああ」
「それは、お前自身のエゴかもしれないぞ?」
「かもしれない。でも、だったらそのエゴに意味を持たせたい」
ぼくはAの目を真っ直ぐに見た。
「人間は、死を恐れている。
だからこそ、死を通して“何か”を得られるようにしたい。
せめて、最期だけは“意味”のあるものに」
Aは苦笑した。
「お前、ほんと面倒くさい死神だよ。
俺なんかもう、何人の死に立ち会ったか覚えてすらないのに」
「それでも、お前はここにいる。
それは、お前がまだ“誰かの死”を見続けようとしてるってことだ」
Aは煙草を地面に落とし、足で踏み消した。
「……で? どうするんだよ、お前は」
「決めたよ」
ぼくは立ち上がった。
「これからは、“怒り”を原動力にする。
“正しさ”を歪める存在がいるなら、それを見逃さない。
それがぼくの“死神としての信念”だ」
Aは一瞬驚いた顔をして、それから少しだけ笑った。
「そっか。なら、俺は止めない。
けど……一線は超えるなよ?
俺たちは、裁かない。あくまで“見届ける存在”だ。
お前の怒りが、“ただの破壊衝動”になったら、それはもう神じゃない」
「わかってる。
だから、今度は“死神として”、人間界に降りる」
Aの笑みが、少しだけ変わった。
「……じゃあ次の章だな。
一匹の死神が、“平等であるはずの死”と戦う物語の始まりってわけか」
ぼくは静かに頷いた。
颯太の魂が、ぼくの中に生きている。
彼の死が、ぼくを変えた。
この怒りを忘れない限り、
ぼくは、前に進める。
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