第2閑話 迷いの輪郭
魂を回収したあとの帰り道。
ぼくは久しぶりに、自分の住処へ帰る足を止めた。
死神界は静かで、冷たく、感情が沈むには都合のいい場所だ。
あの観察窓の前に座っても、今はもう、誰の姿も映したくなかった。
五人。
ぼくが告知をした五人は、誰も“救われなかった”。
焦り、暴走し、引きこもり、絶望し、欺かれ――
ぼくはそのすべてを、ただ見ていることしかできなかった。
「……なんだったんだろう、これは」
ぼくの言葉に、すぐ後ろから声が返ってきた。
「よう。お疲れ」
死神Aだった。
彼は何も言わず、ぼくの隣に腰を下ろした。
コップに入った紅色の飲み物を、ストローでくるくる回している。
「見てたの?」
「まあ、チラッとね。
君が“希望”を告げて、“絶望”を見てるの、結構キツかった」
ぼくは唇を噛んだ。
「……救いたかったんだよ。
死を知ることで、少しでも幸せに生きられると思ってた。
なのに……ぼくの言葉が、あの人たちを追い詰めたんだ」
「うん。それは、ある意味正しい」
Aの言葉は、やさしいのに、突き放すようでもあった。
「でもさ、そもそも“人を救う”って、なんなんだろうね?」
「……?」
「誰かを救ったと思っても、その人が“そう感じなかったら”意味ない。
“良かれと思って”やったことが、その人にとっては毒になることだって、ある」
「……わかってる。でも、わかってても……ぼくは、何かしたかったんだ」
「うん。君は優しいからね。でもね――」
Aは空を見上げながら言った。
「人間って、寿命が短いんだよ。
だから、こっちがどれだけ考えて、悩んでも、
すぐ次の死が来る。
ずっと向き合ってたら、壊れちゃうよ。死神だって、心があるからさ」
「……」
「ぼくはね、もうあきらめたんだ。
“そのときが来たら、淡々と回収する”。
それだけでいい。
それだけでも、十分“存在意義”はあるって、そう思ってる」
ぼくは黙って、Aの言葉を聞いていた。
どこか、羨ましかった。
その“割り切り”が、できることが。
でもぼくには、まだそこまでの強さも、弱さもなかった。
だから――
「もう一度、人間を“ちゃんと見たい”んだ」
Aが眉を上げた。
「観察に戻るってこと?」
「うん。しばらく告知はやめる。
ただ見て、人間の生き方を知りたい。
どうして人は、死を前にするとああも違う反応をするのか。
もっと理解したいんだ。
“救う”なんて言葉を使うには、ぼくはあまりにも、知らなすぎた」
Aは、珍しくしばらく黙っていた。
やがて、微笑みながら言った。
「……それ、いいと思うよ。
何も知らずに助けるより、ちゃんと見てから悩む方が、ぼくらには合ってる」
ぼくは頷いた。
迷いは、まだ晴れない。
でも、また歩き出せる気がした。
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