第10話 救いのふりをした罠

彼女は「死にたくない」と強く思っていた。


名前は麻生。五十代半ば。

バツイチ、子なし、スーパーのパート勤務。

表面的には明るく振る舞っていたが、

夜になるとスマホを握りしめたまま、孤独そうに泣いている姿があった。


誰にも頼れず、誰にも頼らず、

けれど本当は「誰かに見つけてほしい」と思っていた。


彼女の死は、一年後。

心不全による急死。


ぼくは、伝えるべきか悩んだ。

しかし、彼女が「誰かに気づいてほしい」と願っている姿を見て、

この知らせが彼女にとって“きっかけ”になるのではと信じた。


夢の中で、ぼくはいつも通り彼女に告げた。


「あなたの命は、あと一年です」


彼女は最初こそ震えたが、目を大きく見開き、ぼくをじっと見つめた。


「……どうすれば、避けられるの?」


「……それは、できません。ですが、残された時間を——」


「何か方法があるはず。絶対ある。

教えて。お願い。助けて……!」


ぼくは、何も言えなかった。


彼女は、朝目覚めたときから、死に“抗う方法”を探し始めた。


霊能者を名乗る人物に出会ったのは、それから数週間後だった。


“あなたには強い霊的障害がある”

“死神があなたを狙っている”

“浄化すれば回避できる”

“そのためには、特別な護符と水晶が必要”


すべては、巧妙な詐欺だった。


ぼくは何度も彼女の側に立ち、声をかけたい衝動に駆られたが……できなかった。

彼女の人生に直接干渉することは、許されていない。


数十万円のローンを組み、

パートのシフトを増やし、

身体を壊しても、なお彼女は信じ続けた。


「私は……生きたいだけなの。

もう一度、笑いたいだけなの……」


ぼくは、その姿を見て、ただ胸が苦しかった。


霊能者に会うたびに増えていく「追加供物」や「祈祷料」。

彼女は最後まで「生きたい」と願いながら、

疲れ果ててベッドに横たわり、眠るように死んでいった。


病室の棚には、ひとつの水晶玉が置かれていた。

その下にあったメモには、こう書かれていた。


《信じるものが一つでもあるなら、人は強くなれると思ってた。

でも、これは信じてよかったのかな。……わからない》


ぼくは彼女の魂を迎えながら、

涙のような感情が、自分の中でにじんでいるのを感じていた。


「ぼくが伝えなければ、彼女は詐欺に遭わなかったのかもしれない」

「彼女は“救われる”という言葉に、すがりたかっただけなのに」


告知とは、希望ではなく“導火線”にもなる。


彼女の死に、ぼくはただ静かに頭を垂れた。


そして心に刻んだ。


善意の一歩は、ときに人を地獄に導く。

その重さを、忘れてはいけない。

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