第1閑話 正しさのかたち

ぼくは今、空のない部屋にいる。


「空が見たいな」と思ったが、

死神界に空はない。

あの透明な「観察窓」だけが、空の代わりのようなものだった。


5人の死を見送った。

それぞれが、自分なりの最期にたどり着き、穏やかにこの世を去った。


そのどれもが、ぼくの「告知」によって生まれた物語だった。

少なくとも、そう思いたかった。


胸の奥に、あたたかいものがある。


誰かの人生に寄り添えたこと。

死の直前に、自分らしく生きてくれたこと。

それは、死神であるぼくにとっても救いだった。


「……いいことをしたよね、ぼくは」


そうつぶやいた瞬間、背後からあの声が聞こえた。


「うん、まあ。悪くはないと思うよ」


死神Aだった。

手にはコーヒーのような飲み物を持って、相変わらずだるそうに腰を下ろした。


「5人も連続で告知か。君もなかなか変わり者だな」


「……どれも、よかったんだよ。

みんな、死を受け入れて、自分のやりたいことをやって、

誰かに感謝して、感謝されて……。

こんなふうに、死を迎えられるなら、ぼくは……“やってよかった”って、思ったんだ」


Aは少し笑った。


「そっか。それは、よかったね」


「でも、なんでそんな他人事みたいに言うのさ?」


「だって、他人事だもん」


その返しに、思わずムッとする。


「君は……なんでそう、冷めてるの?

死を告げることで救えるかもしれないのに、

なんで、やらないんだ?」


Aは少し黙ってから言った。


「……それはね、“正しさ”ってのは、誰か一人のものじゃないからだよ」


「どういうこと?」


「君がした告知で、救われた人もいる。それは否定しない。

でも、もしその人たちが、もっと苦しむことになってたら?

死を知って取り乱して、自暴自棄になって、壊れてしまってたら?」


「……」


「僕らは、神じゃない。“死神”だ。

“死を管理するだけの存在”であることに、意味があるんだよ。

だから、ぼくはあえて、踏み込まない。

感情移入したら……“公平”がわからなくなるからね」


ぼくは何も言えなかった。


たしかに、ぼくは感情で動いている。

救いたいと思ったから、告知を始めた。

自分が納得したかったから、行動した。


「……でも、ぼくはやっぱり、人間に寄り添いたいと思うよ」


Aはふっと目を細めた。


「それでいいと思う。

人の救いは、人それぞれだ。

君のやり方が正解じゃないし、ぼくのやり方が正解でもない」


「……ありがとう」


「ただし、これだけは覚えておいて。

“全員が救われる方法”なんて、存在しない」


その言葉は、まっすぐ胸に突き刺さった。


でもぼくは、頷いた。


「うん。わかってる。

だから……ぼくは、ぼくなりに“寄り添える方法”を、探していくよ」


Aは小さくうなずいた。


それだけの会話だった。


でも、ぼくにとっては、大きな転機になった。


「告げること」がすべてじゃない。

でも、「伝えること」には、意味がある。


ぼくはまだ、探してる途中だ。

だからきっと、これからも迷う。

それでも、迷いながら進んでいこう。


そう思った。

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