第2話 声無き隣人

その日は、やけに静かな朝だった。

普段なら、町のどこかから聞こえるはずの奇妙な音――家の壁を揺らす音や、遠くの車輪の軋む音――が、まるで全て消えてしまったかのようだった。


フユはミトと一緒に食卓につき、薄暗い部屋の中で無言のまま朝食を摂る。

食卓に並べられたのは、いつも通りの白いおかゆ。

それを無心で食べるだけの毎日が、もはや日常のように感じられた。

だが、心の中でフユは何かが崩れていくのを感じていた。


「おにいちゃん、おかゆ、美味しい?」


ミトがそう聞いてきたとき、フユはただ無言で頷くしかなかった。

いつもの問いかけだが、その声が、どこか遠くから響いてくるように感じる。

ミトの瞳に映るのは、彼女自身の世界ではなく、何者かの影のように見える。


その時、フユはふと外の景色を見た。

窓の外、隣家の家の前に立つ姿が見えた。

隣家の家族は、何かに取り憑かれたように静かに立ち尽くしている。

朝の光に照らされた彼らの姿は、まるで動く人形のようだった。


それが何日も続いた。

毎朝、隣家の家族は決まった時間に窓の外に立ち、じっと動かない。

その不気味さに、フユはだんだんと心が重くなっていった。


「おにいちゃん、また隣の家の人たちが外に立ってるね。」


ミトが突然、フユの耳元でささやいた。

フユは少し驚いたように振り向くが、ミトの目はまっすぐに前を見つめたままだった。

その視線の先には、確かに隣家の家族がいつものように立っている。


「なんで、あんなにじっとしてるんだろうな…?」


フユは小さな声で呟いたが、ミトは何も答えなかった。

ただ、その瞳だけが冷たく、遠くを見つめ続けていた。


その日は、何故か隣家の家族がいつもより長く外に立っていた。

フユは気になって仕方がなかったが、関わってはいけないという気持ちが強くて、呆然と眺めるミトを無理に引きずって部屋に戻る。

だが、その夜、隣家の壁に聞こえた音が、これまでと違っていた。


「ドスン……ドスン……」


その音は、まるで壁を破って何かが出てきそうな、強い振動を伴っていた。

フユは体を震わせながら、その音が何を意味するのかを必死に考えていた。

その音の正体を知りたくて、身体が引き寄せられるように玄関に向かう。


「おにいちゃん、行こう?」


ミトが小さな声で囁いた。

その言葉に、フユは息を呑んだ。

彼女の目が異常なほど冷たく、虚ろだった。


「お前、何か知ってるのか?」


フユは思わず口に出していた。

ミトは無言で首を傾げ、フユの手を引いて外に出る準備を始めた。


フユはそのまま一歩、二歩と進んで行く。

そして、あの隣家の前に立ったとき、目の前に見えたものは、あの家族の異常な姿だった。

まるで、家の中で何かが膨れ上がり、ひび割れているかのように、家全体が歪んで見えた。

その時、フユは再び音が響き、背後でミトが声を上げた。


「おにいちゃん、怖いよ。」


その声が、フユの心の奥深くで何かを叫び出させる。

そして、隣家の家族の笑顔が歪んで見えた瞬間、フユは全身を震わせた。

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