第零幕 第1話 となりの家族
フユが目を覚ましたとき、最初に気づいたのは、部屋の隅に見慣れない影がいたことだった。
ひときわ長くて、くねくねと伸びている。影は、まるで壁を這う生物のようにじわじわと動いていた。
それがミトの影だと気づいたのは、数秒後だった。
彼女がいつの間にか、部屋の隅に立っていた。
ただ立っているだけだった。
目は無機質に空を見上げ、口元に微笑みの残骸を浮かべている。
その笑顔は、まるで「微笑みの中に誰かが閉じ込められている」ようだった。
「おにいちゃん、起きて。」
ミトの声が、部屋の中で響く。
けれど、響いているはずのその声に、フユは全く反応できないでいた。
いや、正確には反応したくなかった。
心の中で何かが壊れているのを感じていた。
彼女は妹だ。でも、その笑顔は、もう妹のものではない。
フユは体を起こし、深くため息をつく。
目をこすりながらも、彼の心の中には確かな焦燥が渦巻いていた。
ミトが消えたわけではない。だけど、何かが違う。
それが確信に変わるのは、今日の朝だ。
「今日も、夢を食べる?」
ミトの問いに、フユはしばらく答えられなかった。
やがて、彼は言った。
「食べるよ。」
ミトはにっこりと笑う。それが人形のようで、次第に不気味さを感じさせる。
その笑顔に、フユの心は少しずつ歪んでいくのを感じていた。
ああ、ここはやっぱり、普通じゃない町だと。
窓を開けると、外の街並みも変わりつつあった。
ひび割れたアスファルトからは、まるで血がにじみ出ているような色が漂っていた。
そして、町のどこからか、耳をつんざくような音が響いてきた。
ドスン、ドスン。
それは、となりの家から聞こえてくる音だった。
フユはその音に何度も耳を傾けた。
何も考えずに、その音をただ受け入れてしまう自分が怖かった。
でも、それが“生活”なんだ。
目を背けることができないのなら、今すぐにでもその音の正体を確かめてみたくなる。
「おにいちゃん、行こう?」
ミトが言う。彼女はまだその笑顔を浮かべたままで。
⸻
この町で、何かを知らなければならない。
そして、知らなければ、自分が壊れてしまう
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