「夢を食べる町で、ぼくの妹はまだ脳がないまま笑っている」

鉄火巻 派競

プロローグ



この町では、夜になると夢が腐る。

夢は皿に盛られて、食卓に並べられる。

匂いはないけれど、喉を通ると、過去がひとつずつ消えていく。


白鐘フユが妹のミトを“異常だ”と感じたのは、三日前の朝だった。


ミトは笑っていた。

その笑顔は、いつものものだった。

ただひとつだけ違ったのは――頭蓋の中が空っぽだったこと。


MRIを撮ったわけじゃない。医者に診せたわけでもない。

でも、フユにはわかったのだ。妹の脳がもう、そこにないことが。


ミトは、笑う。

呼びかけに反応するし、朝ごはんも食べるし、学校の支度もする。

だけど、ときどき“別のミト”が顔を覗かせる。

まるで、「笑うこと」だけが植えつけられた植物みたいに。

ぬめる唇。焦点の合わない瞳。笑顔だけの人形。


「おにいちゃん、今日も夢たべるの?」


いつもの調子で訊いてきた声に、フユは無言で頷いた。

この町では、そうしなければ“となりの家族”になる。

夢を食べなければ、脳を失い、身体が蝕まれ、壁の中に溶けていく。


母親は、1週間前そのまま台所の壁になった。

父親は三年前、神様として首を吊った。

フユはどちらの死にも涙を流せなかった。なぜなら、“夢を食べてしまったから”。


それがこの町の“生活”であり、“教育”であり、“愛の形”だ。


昨夜の学校では、全校集会で**「生徒間の正しい身体的接触」**について教えられた。

スライドには、“抱きしめること”と、“食べること”と、“挿し込むこと”が同列に並んでいた。

先生は言った。


「それが“つながり”の意味です。さあ、となりの人と夢を共有しましょう」


そのときのミトは、ずっとフユの手を握っていた。

手は冷たかった。けれど、彼女の表情はあたたかかった。

脳がないのに、彼女はずっと笑っていた。


――それは、本当に“妹”だったのか。


それとも、あの夜からすでに、“となりの家族”にすり替わっていたのか。


答えはまだ、夢の底にある。

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