2−8 ジョハル・カフカース 2 (ジョハル視点)

 それからの私の人生は喜びに満ちていた。

 アンナと結婚するために、妻に不倫の疑いをでっち上げ離婚をして王都のタウンハウスから追放して修道院に放り込んだ。

 妻を慕っていた使用人達も残らず追放し、息子はカフカースの僻地に追いやった。

 アンナと結婚する為に、トゥルー教の信徒になり多額の寄付金を納め領都にトゥルー教の教会を建て、領民達をトゥルー教に入信させた。領民達は当初、ケルト王国ではあまり馴染みのない宗教に不信感を感じていたが、週一回炊き出しを行ったり、様々な慈善活動をでっち上げて信用を上げていった。

 イタカ様は私の献身をお喜びになり、私は益々イタカ様の為に多額のお布施を献上した。

 こうした結果、私はイタカ様の信用を勝ち取り、私とアンナの結婚を認めてもらえた。

 ああ、私は今、人生の絶頂期に到達している。




 私はある時、イタカ様からトゥルー教の最終目的を聞かされた。


「破壊神によって閉じ込められたトゥルー教の神々の奪還ですか。して偉大なる神々はどこに囚われているのですか?」

「ふん、それが判れば苦労などせん。破壊神は狡猾な奴だからな」


 破壊神とは精霊信仰の聖典に記されていた最高神の事だろうか?

 確か最高神は一度この世界を破壊し、再び世界を作り直したと記載されていた。


「あの様な野蛮な奴が最高神とは笑わせてくれる。そもそも我らの神々がこの世界を創造したというのに、その手柄を横取りするとは益々度し難い」


 イタカ様によると、この世界はトゥルーの神々が創り出したのだという。

 これが真実なら、精霊は我々人間に嘘を教え込んだ事になる。トゥルー教の神々からしてみれば確かに怒り心頭だろう。


「破壊神の力を持ってしても我が神々を殺す事はできなかった。そこが奴の力の限界よ。我らの神々が復活せしめたら精霊どもを根絶やしにし、再びこの世界を我等の楽園へと回帰させてみせる」


 イタカ様の言葉に感動をし、私は来るべき戦いのために準備をし始めた。

 世界の秩序を塗り替える戦いになるのだ。カフカースで貯蔵している武器だけではまだまだ心許ない。その為には大量の金が必要だ。私は領民達に課している税の比率を引き上げ、全てを貯蓄に回した。




「ウェズリー領のオウルニィに精霊の弟子が誕生したというのか?」


 私が懇意にしている商会の一つであるヨセミテ商会からそんな報告が上がってきた。

 精霊の弟子だと?今迄、そんな話は聞いたことはないぞ。


「その情報の裏は取れているのか?にわかには信じ難いが」


 精霊は人間の理に関心がない。もし魔力量が多いだけで精霊の弟子になれるのなら今までの賢者や大魔術師と呼ばれた偉人達がすでに精霊の弟子になっていてもおかしくないはずだ。


「行商人がオウルニィで仕入れてきた情報だそうですが、ウェズリーの領都でも話題にはなっていない様です。ブラフの可能性が高いかもしれません」


 ウェズリーのバカ息子はともかく、現領主であるギャレットは奴の父親に似てそこそこ頭が切れる奴だ。オウルニィでそんなバカな噂が立っているのに奴がそのままにしておくものなのか?


「行商人はどうやってその事を突き止めた。町の噂になる程の騒ぎだったのか?」

「いえ、噂になるどころか寧ろ知らない住人が大半だったそうです。オウルニィの代官の屋敷の使用人に金を握らせて聞き出したと言っております」


 なるほど、これは箝口令が敷かれているな。

 これは、イタカ様に報告しなければならない案件だ。

 イタカ様はお喜びになられるだろうか?




「……ジャスパーよ、その弟子とやらを余の前に連れてこい」

「本当に精霊の弟子かどうかは定かではありませんが、宜しいのですか?」


 私は早速イタカ様に連絡をとり、イタカ様の意向を伺う事にした。

 するとイタカ様は興味をそそられたのか、口角を上げニヤリとした表情で話し始めた。


「精霊の弟子かどうかなぞ興味はない。だが、精霊が何故その人間に執着するのかは興味がある。ただ単に魔力が多いだけなのか、それとも他に何かあるのか確認せねばなるまい」

「……その人間に何かがあるとお考えですか?」

「これはただの暇つぶしに過ぎん。元来、精霊という輩は人間なぞに興味がないのだ。その証拠にここ数百年の間、精霊と人間が接触した事があったか?人間達は互いに戦争をし、虐殺され滅びた国も幾つもあったというのに精霊はそれを放置している。だがその怠慢が故、我らが活動しやすかったのは確かだ。その様な精霊どもが高々人間の魔力持ちを弟子にするとほざくのだ、その人間のツラを見てみたいというのは当然ではないか」


 なるほど、イタカ様にとっては余興に過ぎなかったか。

 ならばイタカ様の為にその精霊の弟子を何としても調達せねばなるまい。この際、この人間が本当に精霊の弟子かどうかなんて関係ない。イタカ様への点数稼ぎの為に人柱になってもらおうじゃないか。


「かしこまりました。早速その精霊の弟子とやらを連れて参りますのでしばしのご猶予を」

「うむ、疾く知らせよ」


 イタカ様が満面の笑みを浮かべながら部屋から出ていった。

 ああ、私がこうも我が身を削りながらお仕えしてもそのようなお顔はなされないのに……。

 私はまだ見ぬ精霊の弟子という人間に嫉妬してしまうのを止められないでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る