2−9 カフカース領主との漫才
私は馬車の外に見えるカフカースの領都デリーの街並みに興味津々だった。
「へえ、こんなに大きい街なのにあまり人がいないわね。どうしてかしら?」
私はガレンに尋ねてみたが返事は返ってこなかった。
「姫様が質問されている。さっさと答えろ」
クリスが苛立ちの表情を浮かべながら目に見えない速さでガレンにビンタをした。
……恐ろしく速いビンタ。私じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「……カフカースは数十年前の戦争から復興が進んでいないのだ。それに最近、領主様が税を引き上げた。デリーから離れて浮浪者になる者も多い」
「ニヴルヘイムとの戦争が終結したのは四十年……いえもうすぐ五十年近くになるのに復興していないの?流石に遅過ぎない?」
「……戦争が終わっても、ニヴルヘイムの少数民族が国境に攻撃してくるんだ。カフカースでは、まだ戦争は終わっていない」
ニヴルヘイムはいくつかの少数民族が集まって出来た多民族国家だ。その国家体系が故に国としての纏まりが弱い。
今回の場合は、国としては戦争は終戦しているけど幾つかの少数民族は国の決定に納得していないという事か。
「王宮は知っているの?国家間の揉め事は王宮のお仕事でしょ」
「……領主様に言わせると、聞く耳を持たないらしい。だから、何年も前に諦めちまったそうだ。王宮にしてみれば、少数民族との小競り合い程度で騎士団は出せないだろうよ」
確かに本格的な戦争にでもならない限り王国騎士団の派遣は難しいのかもしれない。
ウェズリー領でも魔物の被害は深刻な社会問題だが、スタンピートのような大規模な魔物災害でない限り騎士団の派遣要請は出さないだろう。
「まあ、いつか王様に会った時はカフカースの事をお願いしておくよ」
「お前なんぞにどうにか出来るもんか……」
クリスがまた素早いビンタをかました。
「クリス!ハゲ茶瓶には領主との仲介を頼んでいるのです。元が不細工だからといっても両頬を真っ赤に腫らしたままで領主に面会させる訳にはいかないでしょう!ちゃんと治療しておきなさい」
「かしこまりました」
ガレンがぐぬぬっって感じで私を睨みつけた。
なんで私が睨まれてるの?やったのは全部クリスなのに!
そんなやりとりをしているうちに馬車は領主が住む宮殿に到着したようだ。
クリスは私の命令を実行する為、小鳥に変化して馬車から飛び立っていった。
私は馬車から降り宮殿を見上げてみた。
そこに聳え立っていたのは、ダグザの住処よりももっと大きな如何にも西洋のお城という佇まいな建築物だった。
……入院中にネット検索で見たお城に似てるなぁ。名前は……確か、シャンポールだっけ、それともシャンボールだったけ?
そんな事を考えつつも私はガレンの後についていった。
街はあんなに活気がなかったのに、お城の中は豪華絢爛だね。見ている分にはいいけど、街とのギャップが激し過ぎて笑えないよ。
大きな螺旋階段を登り、ようやく謁見室まで到着したみたいだ。
……それにしても、誘拐した子供に会うのに謁見室で会うって変じゃないの?自分で犯人だって宣伝しているようなものだよ?それとも領主なら何をやっても許されるとか、そんなトンチンカンな思考でもしているの?
私が頭の中で浮かび上がる疑問に悪戦苦闘していると、奥の扉が開き一組のカップルが現れた。
……この世界では、誘拐した子供に夫婦で会う慣習でもあるのかな?
ガレンが跪き首を垂れたが、私はそのままの姿勢で突っ立っていた。
「領主の前だぞ。控えよ!」
「私は犯罪者には敬意を払えませんので、あしからず」
「まあ、なんて無礼な子供なんでしょう……」
この人がカフカースの領主か。まあ普通の中年男性って感じだね。私は父さん達を見慣れてるせいかハンサムに対するハードルは人一倍高いのだ。父さんに比べれば、カフカースの領主は大した事はないな。
それにしても隣にいる女性は派手だねー。これでもかって位に宝飾品で着飾っていて、すごく下品に見える。キツそうな目元も相俟って悪役婦人って感じがする。ドレスも暗色なのもあって、より悪役感を感じる。
「お前が精霊の弟子か?」
「貴方にお前呼ばわりされるのは気に食わないですが、まあ答えてあげましょう。そうですね、私が精霊の弟子というやつですよ」
「一々無礼なやつだな。平民風情が口答えするな!」
「私はニュートン準男爵の娘ですから、平民ではなく貴族です。まあ、貴族でも平民でも犯罪者とは口を聞きたくありませんがね」
「準男爵なぞ貴族に入るものか!貴様とは血統が違うわ!」
「血の色なんてどれも同じではないですか。それとも貴方の血は青いとでもいうのですか?何と恐ろしい、まるで魔物の様ですね……」
「由緒正しいカフカースの血筋を魔物と同等とほざくのか!」
「カフカースの血統が由緒正しいのは、貴方のご先祖様が正しい治世をおさめてきたからでしょう。貴方にはその血が流れていないようですね、残念です」
「貴様に何がわかる!私が無能とでも言いたいのかっ!」
「あら?耳と頭は普通なようですね。貴方の無能っぷりはデリーの街並みを見れば明らかではないですか。ああ、耳は普通でも目は節穴でしたか、失礼しました」
「ジョハル様、あのような不躾な子供の戯言など、お聞き流しなさいませ」
「そうです。ボケが無能だと漫才は面白くないですからね」
どっちがボケかツッコミかはこの際置いておいて、この悪役婦人は漫才の事をよくわかっているようだ。
まったく、私はこんな漫才をしに来た訳じゃないのに。それに漫才だったらもっと大きな劇場でやりたかったよ。
「えっと、悪役婦人?私は一体全体どうして誘拐されたのですか?貴族の戯れで誘拐されるなんてあんまりではないですか」
悪役婦人は頬をヒクヒクと引き攣らせながら、私を睨みつけた。
……なんだか今日はよく睨まれるなぁ。
「別に精霊の弟子を見てみたいってだけなら誘拐なんかしなくても、オウルニィまで来たらカフカースの領主なんだから相手をしますよ。もの凄く迷惑ですけど」
隣で跪いているガレンがガタガタと震えている。けど私は見なかった事にした。
「じゃあ、私を見てみたかったという要件は満たされた様ですし私は帰りますね。ああ、そうそう、これだけ迷惑をかけられたのですから慰謝料を請求してもいいですよね?そうですね、ここまでの旅費と誘拐された迷惑料など込み込みで大金貨百枚で許しましょう。さあ、即金でお支払いしてください!」
「貴様の様な無礼な輩に渡す金なぞ、小銅貨一枚たりとも渡す気はないわ!」
「カフカースの領主なのに、大金貨百枚程度の端金が出せないなんて、無能を通り越して無様ですね」
「カフカースの領主である私にその様な無礼な口を叩くとは万死に値する。手打ちにしてくれる、そこに直れ!」
無能領主改め、無様領主が腰に履いていた剣を抜き、私に向かって突きつけた。
……まったく逆ギレですか。あっ、もしかしたらカルシウムが不足していますか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます