第二話 カフカース事件
2−1 ラベンダー畑でこんにちは
モリガンの報告を聞いてから数日が過ぎた。
オウルニィの町には、遅めの夏が訪れてていた。
異界にある箱庭世界は、惑星の北半球側にあるので北に行く程平均気温が下がる様になっている。オウルニィはその中でも北の端に近いので、箱庭世界の中でも冬の期間が最も長い地域になる。とは言っても、地球の赤道付近と北極圏みたいな極端な程の気温差は無く、比較的どの地域も穏やかな気候だ。まさに神様がなせる神秘って奴だね。
オウルニィの町の南側にある草原では、ラベンダーが満開になっていて住民達が花を見に訪れているとクリスから報告があった。
……草原に広がるラベンダーの花畑か。ちょっと見てみたいかも。
ラベンダーと言ったら前世の世界では北海道の富良野が有名だった。
私は旅行をした事はなかったが、ネットで世界中の観光名所や絶景を見ていたから、ずっと憧れていたのだ。
今世では、いろんな所に行けるかな?
私は将来に淡い期待をし、とりあえずはオウルニィのラベンダー畑に行ってみる事にした。
外に出たら日差しが眩しく、少し汗ばむような気温だ。
クリスが日傘を差してくれて、燦々と降り注ぐ日差しから逃れて少しだけホッとした。
こりゃ、日焼け予防に気を付けないといけなかったか?と考えていると、クリスがコソッと「姫様はナクロール様から特別な身体を頂いていますから、日焼けなんか気にする事はないですよ」と言われた。けど、小麦色の肌にはなれないのか。それはちょっと残念かも。
クリスと楽しくおしゃべりしながら歩いていると、目の前に淡い紫の花が咲き乱れ、まるで絨毯の様に辺り一面に広がっていた。
「わあ、素敵ね……」
ラベンダーの優しい香りが漂い、とても穏やかな気分になる。
確かラベンダーの香りにはリラックス効果があったよね。そういえば、この世界ってアロマオイルはあるのかしら?母さんや伯母さんがパーティに行く時に香水をつけていたはずだからあるかもしれないけど、アロマセラピーの概念はなさそうだよね。父さんに教えてあげたら、商会に役立つかな?
私達は木陰に行って、ラベンダー畑を眺めながら水筒に入れてきたお茶を飲みしばらくのんびりと過ごした。
……ここ最近、こんなにゆったりとした時間を過ごしてなかったかも。私の答え探しやお姉様の頼まれごとをするのも大事だけど、やっぱり心に余裕を持たないと良い仕事も出来ないよね。ちょっと反省。
「アリアお嬢様。昼食はどうなさいますか?よろしければ、町で軽食を購入いたしましょうか?」
おや、もうそんな時間か。のんびりとし過ぎてうっかりとしていたよ。
昼食と聞いたとたんにお腹が鳴り始めた。……この正直者のお腹めっ!
「……そうね。何か軽食を買ってきて。ちょっとお腹が空いてるから、ガッツリとした奴が食べたい気分かも。それと家の方にも連絡してきてくれる」
クリスが少し呆れながら、町に戻って行った。
さて、クリスが戻るまでどうしたものか。ラベンダーは美しく香も良いのでこのまま待つのもいいが、流石にラベンダーだけでは飽きてきた。
……こんな事なら本でも持ってきたらよかった。
あれこれと悩んでいると、私の探知術に引っかかる人物が近づいてきた。
探知術とは、言い換えるなら潜水艦のパッシブソナーだ。私の探知術はとても高性能で、種族の特定や敵意の有無、知人の判別なども探れる万能レーダーなのだ。
当該人物は、コソコソと身を潜めながら近づいてきていた。
周りを見てみると、昼食時になった為なのか先程よりもかなり人が少なくなってきている。
うーん、狙いはどうやら私の様だね……。
私って何か人から恨まれる様なことをしたかな?身に覚えがないんだけど。
とりあえず、暴行や苦情が目的ならコソコソと来る必要が無いから何か別の目的かなぁ?
色々と考えている間に不審者が私のすぐ近くまで来ていた。
今まで経験したことがなかったけど、満員電車で痴漢に遭遇する時ってこんな気持ち悪いの?後ろからハアハアと荒い息が聞こえてくるんだけどっ!
不審者は一気に私に詰め寄り、持っていた麻袋に私を入れようと袋の口を大きく開いた。
私は、冷静に状況を判断し一番安全な方法で不審者から距離を取る事にした。
シュン……
擬音にするとこんな感じだろうか。
私は転移術で不審者の後方五メートルに転移した。
不審者はいきなり私が消えてかなり動揺しているみたいだ。
「こんな白昼に堂々と誘拐とは大胆ですね」
不審者はビックリして、私の声がする方向に振り返った。
「まったく、麻袋に詰め込もうなんて、私をジャガイモと間違えているのかしら。お答えしてもらえませんか?……ケネス・パーネルさん」
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