1−18 対魔物用神霊術(仮)
今日も今日とて、私とアルウィン兄さん、そしてクリスとアンは転移門を使ってダグザの住処に訪れていた。
あれからアルウィン兄さんは、二、三日に一度程度のペースでダグザの住処に遊びに来ている。
アンも初めこそ緊張していたが、今ではかなり落ち着いて行動できる様になった。
そして私も最初はアルウィン兄さんと一緒に行動していたが、今は別々に行動する事の方が多くなった。
今日も、私は魔術の練習をしに、アルウィン兄さんは冒険と称した周辺の野山の探索に出かけていった。
アンはと言うと、流石にメイド服姿で野原を駆け回れないのでダグザの屋敷で留守番をしている事が多い。この辺りはダグザを怖がって魔物も野生の獣も近づいて来ないのでアルウィン兄さんが一人で出歩いても然程問題ではない。最初に方こそアンは心配していたが、今はすっかり慣れてしまったのかダグザの屋敷でお茶や軽食の準備をしながらのんびりと過ごしている。
私達が魔術の練習を一区切りにして昼食を食べにダグザの屋敷に戻ってきた。
するとアンが玄関であっちに行ったりこっちに行ったりと落ち着かない様子だった。
私達が帰宅したのに気づいたアンは私達に駆け寄ってきた。
「アリアお嬢様、アルウィン様がまだお帰りになられていません。もしかしたら森で迷子になられているのではないかと」
ダグザが側にいるのでアンの口調はよそ行きの口調になっている。
もうアルウィン兄さんったら、いくらここが両親から離れて羽目を外せるからって勝手にしすぎだわ。
「しょうがない兄さんね。アン、私はちょっと探しに行って来るわ。クリス達は昼食の用意をしていて頂戴。兄さんを探すくらい私一人で十分だから。アンも心配しないでここで待っていてね。戻ってきたら一緒にアルウィン兄さんを叱ってやりましょう」
私は軽い口調でアンを宥めながら玄関から外に飛び出して行った。
少し浮遊術で空に浮き、周りを見渡しながら探索の術を使ってアルウィン兄さんを探してみた。
潜水艦のアクティブソナーの様に神霊力の波が広がっていき兄さんの反応を探しはじめた。リスや兎などの小動物の反応は返って来るがアルウィン兄さんの反応は一切返ってこなかった。
うーん、半径一キロメートルじゃ範囲が狭すぎだったかな?
今度は半径十キロメートルまで捜索範囲を広げてみた。
ピーン、ピーン、ピーン、ピコーン
すると、ここから約三キロメートル程離れた所にアルウィン兄さんの反応を確認した。
……アルウィン兄さん、ちょっとはっちゃけすぎじゃない?
多分遊びに夢中になりすぎて方角がわからなくな理、そのまま適当な方向に歩いて、ダグザの屋敷に帰れなくなったのだろう。正に遭難者あるあるだ。
しかも、兄さんは更に屋敷から遠ざかる方向に移動している。まだ自分が遭難している事に気がついていないのかもしれない。
はあぁーーっと大きなため息を吐きながら、兄さんのいる方向に向かって飛び出して行った。
私は空から直線で行けるから三キロメートルはそれ程の距離ではないが、兄さんは森の中を歩いて進んでいるので、実際の移動距離はもっと長くなる。私より年上とはいえ兄さんはまだ子供なのだ、そろそろ体力が尽きて動けなくなるだろう。
しかも、最悪な事に兄さんの近くには魔物がいる反応が返ってきた。探索の術ではどの魔物かわからないので私は急いで兄さんの下に駆けつけるしかない。
グウォォォォォォォウ!
辺り一面に轟音が響き渡り、近くの木々にとまっていた小鳥達が一斉に羽ばたいた。
すると前方の木がメリメリメリっと音を立てながら倒れていった。
「うわぁぁぁ!」
まずい、兄さんが叫び声を上げたせいで魔物に気付かれてしまったようだ。
私はスピードを上げ、現場に急行した。
兄さんは悲鳴を上げながら逃げ回っているみたいで、幸いな事に魔物にはまだ追いつかれていないみたいだ。
私はようやくアルウィン兄さんに追いつき、魔物の正体が朱色熊である事を確認した。
……また、朱色熊なのっ!
「アルウィン兄さん、こっちに来てっ!」
私は大声をあげて兄さんに呼びかけると、朱色熊は私に向かって大きな雄叫びをあげて私に向かって大きな口を開いた。
あっ、やばいかも……。
魔物は原初の精霊によって創られた為なのか、何故か魔術が使える個体がいる。前回オウルニィの町を襲撃した朱色熊はどれも魔術は使えなかったようだが、目の前にいる朱色熊は魔術を使えるみたいだ。
朱色熊は魔力を収束させ、口から熱線の様なものを吐き出してきた。
私にぶつかるっ!と思った瞬間、熱線はまるで光の粒に変化してしまったかのように消えて無くなり、熱線から変わった光の粒が私の周りに降り注いだ。
私は一瞬呆気に取られたが、ここはチャンスだ!
私は右手を上に向けて、その先に神霊力を集中させて数日前に考えた対魔物用の神霊術を完成させた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は神霊術を失敗して辺り一面が焼け野原になっていた森を見ながら反省していた。
「うーん、今まで習った神霊術じゃあ威力が高すぎて対象もろとも辺り一面が吹き飛んじゃうね……」
私はオウルニィに魔物が現れたという想定の、対魔物用神霊術の開発に勤しんでいた。
「では物理的な攻撃をしてみるというのはどうでしょうか。私の霊術も威力が高すぎるので、魔物に遭遇した時は身体強化をして殴って倒しております」
クリスは私のお使いであちこち行ってもらっているので、偶に魔物に遭遇する時があるらしい。
「でも、私がパンチで魔物を倒したら伯父さんが腰を抜かしちゃうんじゃないかな?」
「では、石礫をぶつけるというのはどうでしょう。確か人間の魔術にも同じようなものがあると本に書かれていましたし」
試しに実行してみると、小型の魔物は跡形も無く消し飛び、大型の魔物は石礫が当たったお腹は小さな傷なのに、貫通した背中側が丸ごと吹き飛び内臓をぐちゃぐちゃに撒き散らして絶命した。
……こんなスプラッタ要素は望んでいませんからっ!
「じゃあ、どうせ吹き飛ばしてしまうのでしたら、こういうのはどうですかな?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私の右手の上には、一辺五メートル四方の純鉄でできた立方体が創られた。重さにして約984トンの純鉄製の巨大なサイコロだ。
いつもは『創造』の権能を使って石の塊を作っているのだが、もしかしたら朱色熊に壊されるかもしれないと思って、キボリウム山脈付近の岩石に含まれる鉄分を収集して純鉄製の塊を作ってみた。
その巨大な鉄の塊を、大砲の弾の様な速さで朱色熊にぶつけ、そして姿が見えなくなるように押し潰した。
ドゴォォォォォォォォォン!バキバキバキバキ!
朱色熊を押し潰した瞬間、辺りに衝撃波が広がり周辺の木々を薙ぎ倒した。
アルウィン兄さんは、衝撃波に巻き込まれる前に浮遊術で上空に避難させていたので無事だった。よく見るとあちこちに切り傷や擦り傷があるので無傷とはいえないが、これはアルウィン兄さんがここに来るまでにつけた傷だったので私のせいではない。
「アルウィン兄さん、ご無事ですか?」
アルウィン兄さんは気が抜けたように呆けていて言葉にならない様子だった。
すると、私と合流して安心したのか、アルウィンからぐうーーっとお腹が鳴った。朱色熊と追いかけっこするような恐怖体験を味わったにも関わらず空腹感を感じるのだから、アルウィンはかなり図太い性格なのだろう。魔物の襲撃が多いオウルニィの次期代官としては頼もしい限りだ。
私は改めて現場を確認し直してみたが、ひどい有様だ。
純鉄の塊の通過跡の木々は何百メートルに亘り大量に薙ぎ倒され、地面が抉り取られていた。森の中にある銀色に鈍く輝く純鉄の塊は強烈な衝撃によって変形し、綺麗な立方体だった名残はどこにも無くなってしまった。
……うーん、参考にした戦艦大和の主砲より、だいぶ弱めに調整したんだけど、まだまだ改良の余地があるなぁ。
こうして私にとってはちょっとした、アルウィンにとってはトラウマものの冒険劇は幕を閉じたのだった。
この日はこれでお開きとなって、私達は軽く昼食を食べた後すぐに帰宅した。
帰宅後、私はキチンと伯父さん達に報告をして、アルウィン兄さんは伯父さん達に大目玉を喰らった。勿論、私の神霊術は内緒だ。
アンは大泣きをしながら伯父さんに謝罪していたが、母さんに執り成された結果、お咎めなしという事になった。しかし、アンはアルウィンに甘過ぎて言われるままにアルウィンを放置したという事で、バーナードから再教育が施される事になった。
今回の結果、アルウィン兄さんの外出許可は取り消される事になったのだった。
……まあ、しょうがないよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます