1−17 アルウィン兄さん 2

「それでは行って参ります!」


 アルウィン兄さんと私とクリスは、転移門の前で互いの親達と言葉を交わしていた。


「アルウィン、アリア。ダグザ様の前で失礼のない様に気をつけなさい」

「……何度も言われなくてもわかっております、父上」


 私達は心配そうに見つめる親達を尻目に、早々と転移門でダグザの住処に転移した。

 ゆらゆらと視界が揺れて軽い浮遊感を感じ、次の瞬間足の裏側に感じていた地面が消えたが、すぐに元通りの感覚が足の裏側に戻った。

 アルウィン兄さんも初めての転移の感覚にびっくりしていたが、私はもう何度も転移をしているので慣れっこになってしまった。……まだ、独特な浮き上がる感じは気持ち悪いけど。

 そして目の前に世界観を無視した外観のダグザの住処の光景が広がった。


「……これが、ダグザ様のお屋敷なのかい?」


 アルウィン兄さんが珍妙な物を見たといった表情で私に尋ねてきた。

 こんな真四角な建物はこの世界にとっては異様な風景なので、貴方の疑問はもっともだと思います。

 こんなビル?のような外観なのに、自動ドアじゃなく普通の木製のドアなんてミスマッチすぎるよ。

 そんな事を考えていると、玄関のドアが開きダグザが現れた。

 ダグザの姿を見たアルウィン兄さんは慌てて跪いた。


「お初にお目にかかります、ダグザ様。ウィリアム・クーパーの息子でアリアの従兄弟になります、アルウィン・クーパーと申します」


 アルウィン兄さんはダグザとは初対面なのでかなり緊張しているみたいだ。……まあ、普通は精霊と出会う事なんてない人の方が大半だしね。


「アルウィン・クーパーよ、よくぞ参った。我輩がアリア嬢の師であるダグザである。ささっ、こちらでゆるりと寛がれるがよい」


 私達は屋敷の応接室に通されて、まずはお茶を飲む事になった。

 今日は神霊術の練習はお休みにしているので、アルウィン兄さんとのんびりと過ごす予定になっている。

 お茶の後、私達は屋敷の近くの森で日が暮れるまで遊んで、遊んで、遊びまくった。

 アルウィン兄さんはよっぽど楽しかったのか、ダグザにまた遊びに来たいと頼み込んでいた。


「そうだな、アリア嬢や親御さんの許可が出たら我輩は構わんよ。アリア嬢は魔術の練習もしないといかんから今度来る時は其方の世話を見てもらえる人を一緒に連れて来なさい」


 ダグザからの提案にアルウィン兄さんは大いに喜んだ。それに対し、私は『そんなにサービスしなくてもいいのに……』と思っていたのだが、勿論、心の中だけで言葉にしただけだ。

 ダグザにお暇を告げ、転移門を使って男爵邸に戻ってみると、なんと伯父さん伯母さんをはじめ屋敷のみんなが出迎えてくれた。


 ……なんだかんだ言って、アルウィン兄さんは溺愛されているねぇ。


 兄さんは伯父さん達に帰宅の報告をして、今日あった事を身振り手振りも交えて楽しそうに語っていた。

 夕食の席でアルウィン兄さんはダグザからまた屋敷に来てもいいと言われたと嬉しそうに伯父さんに報告した。

 更に私が諸々の説明をしたところ、アルウィンと一緒にダグザの住処に行ってもらう執事を誰にするかの選考会が始まってしまった。

 伯父さん達の本音は自分が行きたいと思っていたのだが、男爵や準男爵が行くことになると更に側仕えや護衛を連れて行かなければならなくなる。そんな大勢でダグザの住処に行くのは迷惑になるだろうという事であっさりと却下された。

 アルウィンの執事であるバーナードは男爵邸で働く男性の側仕えの中で一番の年長者で、アルウィンが貴族学校に入学すると同時に引退し、彼の息子であるバスクにアルウィンの執事を引き継ぐ予定になっていた。

 ならバスクでいいんじゃない?と私は思ってしまうが、バーナードに言わせるとバスクは次期男爵の執事になるには不十分で、引き継ぎ教育を怠るわけにはいかないと言ってダグザ邸行きを断ってきた。


「じゃあ、護衛として騎士をつけるのはどうです?」

「……我が家で働く騎士は騎士爵の次男や三男、あと平民が殆どだからな。アルウィンの世話も出来んしお茶の用意もできん。それにダグザ様の前に出せるほどの礼儀が出来る奴はいないだろうな」


 まあ男爵家の騎士団だもんね。騎士達の中にはアルウィン兄さんと同格になる男爵の令息なんていないし、騎士爵の次男以降の息子や娘にはそれ程教育を施さない為、ほぼ平民と同じ位の教育水準しか持ち合わせていないのだ。

 そんな人を、神様の代行者である精霊の前に出そうだなんて思わない。


「ではアンはどうでしょうか。アンは領都でも三本の指に入る程の大商会の令嬢ですし。貴族の礼儀作法も問題ありません。それにアリアやアルウィンと歳が近くて仲もいいですし」


 朱色熊襲撃の時、不在だったクリスの代わりに私の世話をしてくれていたアンは、ニュートン商会のお得意様である大商会から行儀見習いとして派遣された大商会の会長の娘の一人である。

 歳は十五歳で男爵邸で働くメイドの中では一番年下で、私が両親とクリス以外で一番親しい間柄である。

 普段、私とはタメ口でしか会話しないがちゃんとTPOを弁えていて、目上の人に敬語や礼儀作法はしっかりと対応できている。そう考えるとアンは適任だ。


「……私もアンなら大丈夫だと思いますよ?兄さんはどうですか?」

「僕もアンで問題ありません」


 ただ私は一つだけ懸念事項がある。

 アンは熱烈なアルウィン兄さん推しなのだ……。

 以前、アルウィン兄さんがアンの初恋なのかを聞いたことがあるのだが、ご子息にそんな邪な感情は持たないと目を血走らせながら力説していた。

 私は引きながら「なるほど」と答えたが、正直その熱量が気持ち悪く且つ怖かった。


 ……でもまあ、推しの前で粗相はしないでしょう。


 私としてはそう願いたいと心の底から思った。

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