1−19 国王陛下への報告 (ギャレット視点)

 私は王都に向かう途中の馬車の中で今までの人生を思い返していた。


 私が今迄ウェズリー辺境伯を何事も無く務められたのは、単に運が良かっただけだ。

 私は次男で、兄が辺境伯を継ぐ予定だった。けれど兄が貴族学校に通うより前に母親の浮気が発覚し兄が父の子供ではない事が判明した。勿論、疑いの目は私にも向けられたが、親子の血の繋がりが判る魔術具を使った結果、私は父の血を受け継いでいる子供である事が確認された。

 父は母は離婚をし、兄は遠くの親戚の養子に出されていった。

 母についてはどうしようもないという気持ちだったが、兄に関しては気の毒でならない。

 それまでは兄のスペアである事でそれなりに余裕のある生活だったが、辺境伯家の後継者が自分一人になり、周囲の期待とプレッシャーに押し潰されそうな毎日だった。

 その後、私は貴族学校で知り合った伯爵の娘と結婚をして子供も産まれ順調な人生を過ごしてきた。

 父の代ではケルト王国は西のニヴルヘイムと戦争状態になっていて、南のログレス王国とも緊張関係が続いていた。我が家の中もずっとピリピリしていて、父はほぼ一年中王都に滞在して領地には寄り付かず、領地経営もずっと人任せだった。私の代になると、ニヴルヘイムとの戦争は終結したしログレスとの国交は正常化した。

 外交関係が改善されたため、ウェズリー辺境伯家は王都の政治から遠ざかる事が出来、私はキボリウム山脈の魔物達を監視するだけの日常を過ごしていた。


 しかし先日、私は人生の転換期を迎える事になった。

 これから国王陛下に報告する内容は、ケルト王国の歴史上類を見ない大事件になるだろう。

 果たしてこの荒唐無稽な内容を信じてもらえるのか?

 信じてもらえず、私の様に国王陛下が精霊に無礼な態度をとってしまわれたりはしないだろうか?

 不安は拭えないが、もはや私の意思ではどうにもならない事態になってしまっている。

 母と兄を失った時と同じく、地に足がついていないような不安な気持ちでいっぱいだった。




「ウェズリー辺境伯、緊急の報告があるそうだが……」

「……陛下、出来れば人払もお願いできますでしょうか」


 国王陛下は訝しげに顔を歪めながらも、私の言葉に頷き側近達を下がらせた。


「……ギャレット。人払までして何の報告だ?」


 私と陛下は歳が近く貴族学校でも親しく接していただいていた。その為、この歳になっても私的な集まりでは互いにファーストネームで呼び合う間柄だ。


「……ブライアン。辺境伯領で魔術師になれる魔力を持つ子供が見つかりました」

「ほう。めでたい事ではないか。して子供とはどういう事だ」

「魔力を持つ子供の名はアリア・ニュートン。準男爵家の長女です」

「準男爵とはいえ、貴族から魔力持ちが生まれたのか。珍しいな」

「驚く点はそれだけではありません。アリアの現在の年齢は僅か七歳なのです」


 ブライアンは驚きの余り言葉を失っていた。

 それはそうだろう。通常、魔力が発現するのは成人近くの年齢の者が殆どだ。早いと言われる者でも十二、三歳で、ケルト王国ではその歳で魔力が発現した人間はごく僅かだ。


「七歳という年齢も驚異的ですが、魔力が発現した年齢も異常なのです」

「むっ?七歳で魔力を発現したのではないのか?」

「これは本人の証言だけなので信憑性に乏しいのですが……。アリア曰く、魔力を発現した記憶が無いのでおそらく赤ん坊の頃に魔力が発現したのだろうと」

「……ギャレット。まさかその様な出鱈目を信じた訳では無いだろうな」

「私もブライアンの言う通り始めは信じていませんでした。だが、信じざるを得ない事態を目の当たりにしたのです」

「勿体振らずに早く言え」


 私は呼吸を整えた。いまだにあの時の光景を思い出すだけで緊張するのだ。


「……アリアはその魔力量を認められ、精霊様の弟子となりました」

「……はっ?」

「彼女が住むキボリウム山脈の精霊様だけではありません。この世界全ての精霊様がアリアの後見人になったのです」


 私は報告書が入った木箱の蓋を開け、報告書と一緒に入っていたハンカチを取り出した。私はハンカチを開き、その中に入っていた小さなホイッスルを取り出した。


「……これは?」

「私がアリアの面談に行った時、キボリウム山脈の精霊であるダグザ様から預けられた笛です。陛下に報告する時吹く様にと命じられました」

「……笛を吹くとどうなるのだ?」


 ブライアンはホイッスルを手に取り、何か変わった所はないかと何度もホイッスルをひっくり返していた。


「ダグザ様の話によると、王都があるリフィー河流域の管理者であるモリガン様が現れるそうです。まだ、試した事はありませんが……」


 ダグザ様にこのホイッスルを渡された時は、まだ心の何処かで疑っている自分がいたし、真贋がハッキリしない物を国王陛下に渡して良いものかも悩んだ。だからと言って、この笛を試し吹きする勇気はない。

 真贋を疑うのは精霊様に対して不敬に当たるし、もし試し吹きで精霊様が降臨し怒りを買ってしまったら思うと怖くて足がすくんだ。


「この笛を吹いてしまって良いものだろうか?精霊様を呼び寄せるのだろう?」

「ダグザ様に陛下に報告する時に吹く様にと厳命されました。吹くしかないかと……」


 ブライアンはホイッスルを吹くのを躊躇っている。

 無理もない……。

 本来、人間と精霊は関わることがないのだ。そして、人間は精霊に比べたら圧倒的な弱者であるのだ。国王といえど精霊の怒りを買えば塵も残さずに葬り去る事ができるだろう。


「……よ、よし。吹くぞ……」


 ブライアンは大きく息を吸い込み、ホイッスルに口をつけ勢いよく笛を鳴らした。


 ピィィィィィィィィィ!


 鼓膜が麻痺するかの様な高い笛の音が響き渡った。

 聞き慣れない笛の音に反応して、部屋の外で待機していた国王の護衛騎士達が一斉に部屋に雪崩こみ、私に向かって剣を向けた。


「陛下はご無事かっ!」


 騎士団長が声を上げ、国王の無事を確認している。

 私は両手を上げ、抵抗の意思はないとアピールしているが騎士団長は聞く耳を持たなかった。

 すると部屋の中央の空間がゆらゆらと揺れ始めた。ダグザ様が現れた時と同じ現象が起きている。

 騎士達も察知しているが、今までに経験した事がない現象に皆戸惑っていた。

 そして、揺れた空間の中から一人の女性が姿を現した。


「遅いっ!」


 揺れた空間の中から現れた女性が何か魔術でも使ったのだろうか、部屋の中にいた皆が動け無くなり立ち尽くすしかなかった。


「妾をこうも待たせるとは、躾がなっていないのぉ。ダグザの馬鹿がここに来たらすぐ笛を鳴らせと言わなかったか?あの会合から幾日経ったと思っておる!」

「モリガン様をお待たせしてしまい、大変に申し訳ございませんでしたっ!」


 これが、この国の王宮にモリガン様が現れた最初の日となった。

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