1−15 神霊術の練習
「それでは、いってきますね」
私は家族達に見守られながら転移門のドアノブに手を掛け、ダグザの住処に転移した。
私はこの世界に来て初めてオウルニィの町の外に出る事にワクワクが止まらなかった。……いや、考えてみたらあの恥ずかしいお芝居をした時に町を出ているか。でも、あの時は怒りで我を無くしていたのでノーカンだ、ノーカン。
ダグザの住処はキボリウム山脈の奥地、箱庭の境界線の近くに建てられていた。
まるで鉄筋コンクリートで作られた様な真四角で真っ白な建物で、入り口以外に凹凸が全く無い。
一辺約三十メートルの立方体の建物は、キボリウム山脈の大自然に全く溶け込んでおらずとても奇妙に見える。
……エジプトのピラミッドの方が自然に見える建物なんて、ダグザのデザインセンスがダメダメって事なの?それとも、私の方センスがダメダメなの?
地球のオーパーツとか奇妙な遺跡なんかは、もしかしたら精霊が作ったものなのかもと想像しながら私とクリスはダグザのお宅の玄関の中に入って行った。
中に入るとまるで高級ホテルかの様な内装で、大きなホールに天井からは大きなシャンデリアが吊らされていてホールを明るく照らしていた。
あまりの中と外とのギャップに私がたじろいでいると、ダグザが私に挨拶をしに来た。
「アリア姫様、ようこそおいでいただきました。ささっ、こちらでお寛ぎください」
ダグザは私達を奥の応接室に招き入れ側仕え達にお茶を用意させていた。
ダグザは、基本住処にいる時は人間の姿で、外に出る時だけ獣の姿になるそうだ。
まあ、獣の姿はこの世界に来るのに転生しなければならなかった姿だし、精霊の本来の姿は人の姿に酷似している。いや正しくは、人間が神や精霊の姿に似せて作られているのであって、今の姿がダグザの本来の姿なのである。
私は差し出されたお菓子をムシャムシャと食べ。
「ダグザ……。私は魔術の修行に来たんだけど」
お茶をグビリと飲み、またお菓子をムシャムシャと食べた。
「魔術の修行と申されても、姫様にはもう修行など必要ないでしょう?」
まあ、魔術の修行は町の外に出る為の建前の様なものだが、それでも少しでもやっておかないと何か後ろめたい気持ちになるのだ。
「……神霊術と魔術って、同じ物なのかしら?」
私が使えるのはあくまで神霊術であって、魔術ではない。いくら神霊術を極めているとしても、それで魔術が使えるとは限らないのだ。
「我輩も人間の魔術を見た事はありませんから。姫様が魔術も使えるとは断言できません」
「クリスはどう?」
「私もタカアマハラから出たのは姫様と同じく初めてですから」
「でも、クリスは私よりこの世界を自由に行動できるじゃない。その時に見かけた事はないの?」
クリスには色々と用事やお使いを頼んでいる。私よりもこの世界について知っていると思うのだけど。
「魔術師は国王直属らしいですから、オウルニィどころかウェズリー領にも居ませんよ。居たら私よりもダグザが先に見ているはずです」
全くその通りだ。では、モリガンなら知っているのだろうか?
「……あのモリガンが人間に興味を持つことはあり得ません。知っておったら、我輩ビックリどころの騒ぎではありません」
……あのモリガンだしなー。人間をいじめるならともかく、興味を持つ事なんてありえないか。
「んじゃ、私ここに来てもやる事ないんじゃ?」
「そうですねえ。領主から魔術師を見せてもらえるようになるまでは、神霊術の威力を抑える練習でもしてはいかがですかな。姫様がうっかり神霊術を使うとこの辺り一帯が吹き飛びますから」
確かに、神霊術の練習はやっておいた方が良いだろう。
下手に町中で使って辺り一面を吹き飛ばしてしまったら、心労で私のメンタルが悲鳴をあげそうだ。
「ダグザ、どこで練習するの?訓練場とかあるの?」
「そうですね、この住処には訓練をする様な施設は無いのですが、境界線の付近なら姫様が神霊術を使っても問題ないでしょう」
私達は神霊術の練習をする為に一旦外に出た。
ダグザは外に出るので一応獣の姿に変身していた。
ここから境界線までは、浮遊術で空を飛んで行く事にする。浮遊術は小さい頃から部屋の中でコッソリと練習していたので問題はない。……最初は天井に頭をぶつけまくっていたけどね。
北側に二十分程空を飛んで行くと目の前にゆらゆらと揺れる光の壁が見えてきた。
……あれが、箱庭の境界線。
普段はあまり感じた事はないが、この光景を見るとここが地球とは全く別の世界だという事が理解できる。
光の壁は遥か上空までそそり立っていて、それが一直線に東西方向に続いている。
「この壁の向こう側はどうなっているの?」
光に阻まれて向こう側の景色が全く見えなかった。
お父様が原初の精霊が創った前の世界を壊し、精霊を封印する為にこの星を再生させ、封印の礎がある場所にこの箱庭を創られたのは知っているが、この箱庭の外側がどうなっているのかは何も知らない。
「……我輩も知りません。大地が続いているとは思いますが、あったとしてもこの世界は精霊界の外側なので、宇宙の脅威に晒された荒野が広がっておるのではないでしょうか」
宇宙は常にエネルギー嵐が吹き荒れる混沌とした空間だ。その中では神である私達ととお母様が創り出した原初の精霊しか生きる事ができない。
精霊界は宇宙のエネルギー嵐を防ぐバリアであり、その精霊界の内側にある物質界の生命……いや物質界そのものは宇宙のエネルギー嵐に耐えられない。
ここ異界は精霊界の外側にあり、常に宇宙のエネルギー嵐に晒されている。私がいる場所が平気なのは、お父様達が創ったこの箱庭があるからだ。この光の壁は箱庭にとっての精霊界なのだ。
「……これ、ちょっと触っても平気かな?」
光の壁の触りごごちはどんな感じなのだろう?硬いのかな?柔らかいのかな?それともスーパーマーケットにある冷蔵庫の冷気のカーテンみたいな空気が吹き出してる様な感じなのだろうか?
「まあ少しくらいなら触っても平気です。でも長く触っていると怪我をしますので気をつけてくださいね」
そう言って、ダグザは頭に生えている大きな角を光の壁に近づけた。
すると、光の壁とダグザの角が触れた瞬間にバチバチと火花が出て少しだけ焦げ臭い匂いがした。
その光景を見て、私は怖い気持ちもあったが好奇心には勝てず恐る恐る人差し指を光の壁に近づけていった。
すると、人差し指から火花は飛び出ず光の壁が私の人差し指を避ける様に消えてしまった。そして、壁が消えた穴に向かって周囲の空気が物凄い勢いで吸い込まれていく。
「ひゃあっっっ!」
「姫様!」
クリスが私を抱えて後ろに飛び退いた。
「お怪我はありませんか?」
クリスは私に怪我が無いかを確認し、全身を両手で撫でながら異常が無いかを確認し始めた。
そして、私に異常がない事がわかりホッとした途端、ダグザを激しく問い詰めた。
「ダグザ!貴様、あの様な事一言も言っていなかったではないかっ!姫様に万が一の事があったらどう責任を取るつもりだっ!」
「もっ、申し訳ありませんっ!で、ですが我輩にもこんな現象は見た事も聞いた事もありませんでしたので!」
ダグザも想定していなかった事態に困惑していた。
そもそも、この光の壁には野生の獣達は近付くことさえないし、魔物は時々この光の壁を壊そうと攻撃してくるが皆返り討ちにあい焼き殺されるのだそうだ。
……何それ、怖いっ!
クリスも試しに触ってもらったが、ダグザと同じ反応ですぐに指を引っ込めてしまった。
「……私がお父様の娘だからかな?」
この光の壁からはお父様の神霊力を一番強く感じる。だから、お父様に近い神霊力を持つ私には壁の力が通じなかった……のかもしれない。
……うーん、可能性はあるけど、あくまで推測の域を出ないな。
みんなであれこれ考えてみたが、私はお姉様の様にあらゆる知識を集約できる様な権能を持ってはいないし、『叡智の書』を使ったとしても、今の私がわかる事はとても少ないのだ。……お姉様に言わせれば、そんなに便利な権能でもないとは言っていたけれど羨ましい権能なのは間違いない。
「……まあ、これ以上考えても結論は出なさそうだし、当初の目的の神霊術の練習をしましょうか」
それから二時間程、神霊術の練習をしてみたが術の威力を抑える事は難しいという結論に達した。
私が一番威力の低い火球の術を使っても一軒家ぐらいの大きさになるのである。
「……これは、人前では使えないよね?」
「そうですな。もし人間が姫様の様に気軽にこの大きさの火球が作れるのであれば、世界は焼け野原になっていたのかもしれませんな」
マッチ感覚で作った火球がこんな大きさになるのだ、なら普通に攻撃用の火球を作ったら一体どのくらいの大きさになるのだろうか。
「魔術師学校に入学するまでに、何か対策を考えないといけませんね」
クリスが結論を言った所で、今日の練習の幕は閉じた。
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