第3話 〈怪異〉赤いドレスの女
ちょっとした俺のお惚気〈のろけ〉話でも聞いてくれ。
みんなにはそうかも知れないが――俺にとっては人生をかけた一大事――女と子孫を残せるかの瀬戸際だったのだ。
俺はこの戦いに人生をかけたと言っても過言ではない。
途中――フィリピンでのクーデターに巻き込まれるというエピソードもあるのでなかなか楽しいぞ。
これは二幕あるのだが――それでは一幕目の開幕だ――。
そのころ俺は品川の下町あたりに住んでいた。
ある日――その住んでいた商店街を歩いていた時――遠目に見えるが、素晴らしく良い女が、通りのど真ん中に颯爽と突っ立っている姿が見えた。
それは赤いドレスを着た女だった。
俺はその女に一瞬でハートを射抜かれ――魅入られたようにスゥーッと中へと入っていった。
そこは◯◯というフィリピンパブだった。名前は忘れたが……。
店に入ると――当然ながらその女がいるはずだった。
ところが――いない……。
かわって俺の席についたのは――かなりグレードが落ちた女の子だった。
とうとう――あの赤いドレスの女は現れなかった。
なぜ消えたのか……最近になってようやく解ってきたのだが――。
彼女は時間がたってから出てきたのだが――その間一張羅のドレスを汚すのが嫌で、着替えに行ってたのではないだろうか?
それか長◯ンコだ。
けっきょく仕方なくこの小娘と付き合うこととなったのだが――なかなか面白いやつで小柄ながらもミニスカートがよく似合っていた。
もちろん赤いドレスの女もいたのだが、俺はどちらにすべきかかなり悩んだ。
悩みながらもすでに俺にはこの子の指名ばかりがついていた。いわゆる実績の上ではこちらのほうが上だった。
赤ドレのほうは一回だけ付いたことがあっただろうか?だからあまり話さえしていなかった。
なぜか流されるようにちっこいほうの女と付き合うことになったのだが。
まあいろいろあったのだが――なかでも美声の素晴らしい女の子もいた。
俺はこの子を歌手デビューさせるべきだったと今でも悔やんでいる。
たとえそれが運命でなくても彼女には素質があった。ルックスもメイクすれば案外日本人受けするのではないかと思った。
当時――女がいたこともあるのだが、頭のなかで考えていただけで実行に移すことはなく、そのまま立ち消えとなった。
それも運命なのであろう。俺の運命は誰かに操られているのだ。
二年ほど付き合っていよいよ結婚か――というのその時、ちがう女が現れた。
〈これはぐう然ではないような気がする。俺を結婚させたくない何者かの仕業なのか?〉
それは意外なところからの始まった。
仕事帰りのある日――仕事仲間が俺を会社にほど近いフィリピンパブへと誘った。
このふたりは――当時〈フィリピン〉にハマっていたのだ。
俺は当然断った――。
――もうすでに相手も決まっているし結婚間近だ。
丁重に断ったのだが――やつらはしつこかった。
しかたないので――一回だけ付き合うことにした。
一回だけなら大丈夫だろうと……それがすべてもの始まりで……古い事象との決別となった。
俺は女の魔性を舐〈な〉めていた――舐め回していた。
俺は彼女に一目惚れした。二十歳そこそこの若い娘だった。
年齢に惚れたのではない――なにか内面に惹かれるものがあった。
お店でカラオケをデュエットでいっしょに歌った。
その時――俺の下半身にある分身が――彼女の太ももに触れ、イキリ立った。
彼女の着ている赤いワンピースはスベスベの薄生地だったのだ。
真っ赤な色使いも俺の心を滾〈たぎ〉らせたのかも知れない。
それが――おそらく魔性の作戦だったのだろう。
彼女は歌いながら――わざと太ももを押し付けてきた。――結婚も決まっている男にこんなことをして良いものか?
〈男と女の戦いは――女同士の戦いと同じく非情な――騙し化かし合いである〉
俺はイチコロで一人の少女に殺された。
だが、まだ俺の心は折れなかった。
――ところが、家に帰って気持ちよく寝ようとした時、女の子から電話がかかってきた。
――あなただけ……mozpdjgpajbsogj h abiega――
俺は完全に彼女の虜に成り果てた――。
もう一度――この娘と甘い恋愛がしたい――そう思った。
そして半年が過ぎ――一年が過ぎ――彼女は故郷へ帰っていった。
俺は彼女の気持ちを確かめに――フィリピンに行くことにした。
俺は会社を休んでフィリピンに行くことにした。
彼女は双子の妹と空港の出口で俺を待っていた。
そこで俺がツアーで頼んでいたホテルの迎えと鉢合わせし――壮絶な取り合いとなった。
ホテル側はお客さんを大事にしたいし理由のわからない女どもに客を奪われたくはない。
彼女たちは別の店で俺を接待するつもりだったのだ。その点――俺とも意見が食い違っていた。
俺はホテルで良かったのだが――ホテル側と女二人が両方の手を取り、引っ張りあいとなった。
辺りは騒然とし――あわや警察出動かと思われた。
――最終的に埒が明かず、俺が折れて女たちについていくことにした。
彼女は妹の彼氏に車を取りに行かせ――マニラの街をドライブした。
初めてのマニラの街は見るもの聞くもの――すべてが珍しく楽しかった。
ところが――ここで事件が起きたのだ。
【フィリピン軍クーデター事件】
初めてだからか知れないが――マニラの道路はだだっ広かった。
何車線もあって――しかも明かりが少ないのでよく見えず、日本と比べると不思議な光景だった。
もう十九時を回っていたので暗くはあったが――もしかしたらすでにこの時――クーデターが始まっていたのかも知れない。
不気味な空気に包まれ――道路は不自然な渋滞に巻き込まれていた。
よくみると――前方に軍服を着た兵士が銃をもって車を一台一台チェックしていた。
誰かを探しているのかも知れない。
するとみんなが――、
「伏せて伏せて――」と小声で言った。
俺は理由もわからないが――とりあえず日本人だということで――なにか捕まるかも知れない――と、恐ろしくなって車のシートのなかに隠れた。
多くの車の列の中を兵隊がゆっくりゆっくりと歩いていき、俺たちの車の側を通り過ぎた時、ようやく生きた心地がしたのだった。
始めてきたフィリピンでの凄絶な洗礼だった。――キリスト教国であるがゆえに……。
【島から脱出したくなった】
ミンダナオ島のダバオより更に奥地に行かねばならなかった。
高い山が聳え立っており――それでもさらに高く登っていった。
しかも――バイクに三ケツ(三人乗り)し山を登った。
道路は舗装どころの騒ぎではなく、道らしきところは激しい雨に削られて、道のなかに渓谷がつくられていた。
貴重な体験ではあったが――死ぬかと思った。
山はふつうの大人しい山ではなく――かなりな高さにあり急峻であった。
そこに彼女の一族だか――山岳民族だかが、へばり付いて暮らしているのだ。千人ちかくはいたかも知れない。
その斜面の集落では――時間になるとコーランが流れていた。
――イスラムだ――
イスラムでもなんでも良い――惚れた女ならなんでも良いのだ。
女のオジさんらしき人が、俺に美味しいカレーを作ってくれた。それはふつうのカレーではなく地元でしか食べられない本格的なものだった。
そしてまた――事件が起きる。
彼女は俺を自分の部屋の中に入れず――カギをかけてしまったのだ。
俺は彼女との初めての甘い時を期待していたのだが――それは見事に裏切られた。
悲しくなった俺はそのまま夜道を帰ろうと思った。マニラまで何百キロ~いったいどれだけ離れているかわからない。
運が悪ければ盗賊にあって丸裸にされ――全部奪われ――食われてしまうかも知れない。
これは冗談抜きで笑えない話だった。
――しかし、よく覚えていないが――なんとか我慢し、その夜は乗り切った。
歩いて帰っても良かったのだが――取り敢えずはなんとか良い方向へと考えを切り替えていたのだ。
それからまったく彼女とのことは進展しなかった。
がしかし、彼女に愛情がないわけではないとわかり、なんとか気持ちも落ち着き日本へと帰った。
【俺の奥さんから怒りの電話】
それからまた二年間ほど付き合いが続いた。
はやく新婚生活を送りたい俺は、なんとか彼女を日本に来させようとした。
ところが、なかなか日本に来ようとはしなかった。
それはやはり――自分の国のほうが良いのだろう。男だって入り婿養子になるのは嫌なものだ。
どうも彼女は――俺にフィリピンのほうへ来てもらいたかったようだ。
彼女は気の強そうに見えたが、あんがいシャイなところがあったのだ。
当時の日本はまだまだ捨てたものではなく―〈腐っても鯛〉で経済的には上で円もかなり強かった。
〈今、これを書いている時点で円は最悪――犬も食わないような状況だ〉
しかし――大都会よりも自然に満ち溢れた田舎のほうが良い人もいる。
たしかに俺ももう少し歳がいけばフィリピンでのんびり暮らすのも良いかな――と思ったのだが、当時はまだ働き盛りである。ガテン系の給料がなかなか良かった。
なかなか日本に来たがらない彼女をなんとか説得する日々が続いたのだが――そんなある日のことだったらしい。
これは彼女に聞いた話だ
――俺の奥さんから彼女に電話がかかってきたらしい。
もちろん俺に奥さんはいない。ところが――かかってきたらしい。
その女は口汚く罵り(日本語なので何言っているかわからない)、彼女は理由のわからないうちに罵倒されて切られたという。
――俺はもちろん心当たりないので――なにかの間違い電話だろうと弁明した。
それでなんとか事なきを得たのだが――しかしなんだったのか?
考えられるのは二つ――一つは単なる混線で、イカれた女がドロ猫女を成敗しにやってきた――とか?
二つ目は――俺に取り憑いている霊が直接小憎らしいフィリピン女に電話をかけて来たか――ということだろうか?
混線ということはあり得るだろうが――シチュエーション(状況)としてぐう然としては出来すぎていると思う。
二つ目の霊?――これは一般の人には理解に苦しむだろうが――霊にとっては簡単なことではないかと思う。
霊は電気に関係しているとはよく言われる。
それは俺の実体験でもあるのだが――霊に関係して、これまでにPCが五・六台壊れた。軽く言ってしまったが――普通でも高いのに、中には高機能の数十万するPCもあった。おそらく高負荷の電力が一時的にかかったとした思えない。
それに洗濯機とか冷蔵庫が異常に速く壊れたし、照明などがよく切れ――あまりにも切れすぎるので暗いそのままにして生活したという――そんな時期もあった。
――そういうわけなので、電話に霊が乗る、というのは十分有りえるだろう。
俺のほうの幽霊が彼女に直接文句言った――この泥棒猫――ことはあり得るだろう。
〈当初――これについては信じなかったのだが、自分の体験とか数々の怪談話を聞くに及んで、最近納得したのである〉
――しかし不思議ではあるが。
そのうちようやく日本に来るという電話があった。
『いまから行くよ……待っててね――』
ようやく来る気になってくれたのだ。
俺は小躍りして喜んだが――いつまでたってもやって来なかった。
とにかく電話がなかった。
俺は発狂しそうなほど荒れ狂った。
誘拐にあったか――レイプされたか――殺されたか――いやもしかして最初からその気がなかったのか――いやいや、だったら最初っからそんなまどろっこしいことはしない。
そんな錯綜した考えが毎日毎日――数ヶ月続いた。
ある日、電話があった――。
『ごめんね……捕まってたよ……モンキー・ハウス(牢獄)』
「え……なんで……どうしてたの?」
『モンキーハウス……だから――電話ないよ……』
話を聞くとこうだ――。
なにか――ダバオからマニラに行くとき(か着いてからか?)銃を所持していて捕まったらしい。
だれかにバッグのなかに入れられたのか――自分で小遣い稼ぎのためマニラで売るつもりだったのか?――とにかく捕まってしまったらしい。
けっきょく彼女は日本行き(俺との結婚)は諦らめたらしい。
俺の意思がさらに硬ければ再び女を追いかけたろう。
だが――彼女からの電話は途切れた。
俺も――なんとなく見えざる壁のようなものを感じ、気持ちも萎〈しぼ〉んでいった。
クーデターに巻き込まれるとか――不思議というか――怖いというか――。
しかし――それはこれで終わったわけではなかった。
なにかの拍子に女がらみで――警察に捕まったり――それは驚くほど多かった。きまって警察と女が絡んでいたのだ。
俺の人生は――平和なようであんがい激流を流されているようなものだ……。
ただ――フィリピンへの愛情は消えない――これだけはいえる。
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