呪いのアイドル

 これは、都内でシステムエンジニアとして勤める馬渕さん(仮名)から聞いた話である。


 *

 

 90年代後半から、00年代初頭っていうと、そりゃ酷いもんでしたよ。

 何がって? 地下アイドルですよ。いや、最近は追っかけなくなったんで、今も今で酷いのかもしれないですけど。当時はちょうどインターネットが普及し始めて、他のインディーズ音楽なんかもそうですけど、地下に埋もれて誰にも拾われなかった情報が、ネットの海に放たれたわけですよ。

 地下アイドル、ライブ系アイドルなんても言われますけどね、もっとポピュラーな言い方をすると「会いに行けるアイドル」ってやつです。小さいグループでも、インターネットを駆使すればいろんな宣伝できますからね。また、同時期から少しずつSNSも発達してきましたから。そうしたSNSで、地下アイドルを応援しようみたいなコミュニティが作られて。地下アイドルもそういったSNSへ積極的にアプローチしてましたね。

 

 僕はそういう時代に、地下アイドルの「追っかけ」をしていました。今でいうと推し活っていうやつです。

 地下アイドルの魅力ですか? やっぱり月並みですけど「会いに行ける」ことでしょうか。あと、ライブの一体感ですね。アイドルって可愛けりゃいい、という訳じゃないんですよ。人気なのは、やっぱりライブが盛り上がるグループですね。盛り上げ方が上手くて、ハコ全体の熱気が高いライブを行えるグループが自然と人気になりました。

 でもね、僕は最初からそういう人気の高いグループの追っかけにはならなかったです。僕の楽しみ方は、そうなりそうな「ダイヤの原石」を見つけて追っかけることでした。最初は少なかったファンが徐々に多くなって、ライブする箱もどんどん大きくなって、成長していく彼女らを見ていくのが良かったんです。


 そういう、ダイヤの原石を見つけるのが天才的に上手い人がいたんですよ。

 実名は知らないんですけど、みんなSNSのハンドルネームで「ヒコさん」って呼んでる人でした。ヒコさんは誰も知らないアイドルグループ見つけ出してくるんですけど、ヒコさんが「売れる」っていうグループは絶対売れるんですよ。

 僕がヒコさんと出会ったのは、とある地下アイドルのライブ終わりに、周りのメンツで飲んだ時でした。そのグループも、後にCMソングで当てて一時期流行ったんですけど、そん頃はまだ10〜20人くらいしか固定のファンがいなくて、だからその時のライブも8人くらいだったんじゃないかな。会ってみるととても気さくな人で、共通した趣味だったので意気投合して度々一緒にライブを巡る仲になりました。


 あそこに行ったのも、ヒコさんと秋葉原でライブに出かけた時でした。

「今から時間ある? 面白いライブあるんだよね」

 そう、ヒコさんから誘われたのです。時間はもう21時を回っていました。今からライブなんてあるのか? と思いながら、ヒコさんが「面白い」というライブに興味が湧きました。結局、その場にいた顔見知りの2人と一緒に、ヒコさんに誘われるがままについていったのです。

 山手線と都営地下鉄を乗り継いで、更に歩いて15分したところに会場はありました。着いた建物は、ライブ会場というよりは雑居ビルといった方がしっくりくる、築何年になるか分らない寂れたビルでした。辺りもそのような感じで、もう22時を回っていることもあり、人っ子一人見かけませんでした。

 ヒコさんは前にも来たことがあるらしく、これまたオンボロなエレベーターに乗ると、迷わず階数のボタンを押していました。

 着いたフロアは、とてもじゃないですがライブ会場とは呼べない場所でした。

 まず機材がない、そしてステージもない。そもそもとして作りが音響を意識して作られていないことは、素人目にも分かりました。本来は所謂貸オフィスというところなのでしょう。

 そんな部屋に、パイプ椅子が一脚窓際に置かれ、そこに女の子が座っていました。室内は灯りも灯さず、窓から入る外からの光だけが唯一の光源でしたので、女の子の顔は見えなかったんです。薄明かりの中分かったのは、その女の子以外に客と思われる男たちが10人程度いたことでした。

「そういえば、チケット代ってどうするんですか?」

 仲間の一人がそういって、私も不思議に思いました。

「そんなもんないんだよ、ここには」

 ヒコさんがさも当たり前のようにそういって、僕は不穏に思いました。

「まあ、そろそろ始まるから聞いてみなって」

 そう言うと、辺りがしんと静まり返りました。

 ヒコさんを始めとした他の客たちが、一斉に女の子の方を凝視しました。すると、ラジカセから流しているのでしょうか、音割れしたノイズ混じりの音で曲が流れてきました。

 こんなとこでどんな曲歌うんだろうって思ってたら、歌わないんですよ、彼女。ずっと座ったままなんです。最初からずっと同じ格好で、微動だにしません。

 それで、音源からは「お゛お゛お゛…」みたいな声、呻き声っていうか、水の詰まった配管から聞こえてくる汚水の音みたいなのが、曲に混じって聞こえてくるんです。

 無茶苦茶怖かったんですけど、その時点までは頭では理解してました。

 あぁ、これはこういう系統のアイドルなんだな、って。

 話初めに、この頃の地下アイドル業界は酷かった、って言ったでしょ? この時期のアイドルって、差別化を図るために何でもアリみたいな所もあったんですよ。電波ちゃんなんて可愛い方で、虫食べたり、デスメタルみたいに血飛沫とばしたり、そういうキワモノも多かったんです。だから、僕も最初はこれもそういうキワモノだと思ってました。

「うわ、またヤバいの見つけましたね」

 そう隣にいたヒコさんに話しかけると、ヒコさん目を瞑って両手をぐっと握ってるんですよ。よく、聖母像とかでマリアが祈っているような、あんな感じです。それで、周り見るとみんな祈ってるんですよ。椅子に座った女の子の方を向いて、祈ってるんです。祈ってないのは、ヒコさんに連れて来られた俺と仲間の三人だけでした。

 仲間内で顔を合わせながら「どうする?」って相談してると、不意に前の方で大きな音がしたんですよ。

 なんだって振り向くと、女の子の頭が取れてんです。

 流石に小さく悲鳴を漏らしました。

 でもよく見ると、それ女の子じゃなくて、人形だったんです。あの、ラブドールみたいな、リアルなやつです。何かの拍子に頭だけ落ちたみたいなんです。

 更に怖かったのは落ちた頭です。

 最初は部屋が暗くて見えなかったんですけど、落ちたことと、目が暗闇に慣れたことではっきりと見えたんです。

 顔がなかったんですよ。

 人形の顔がね、ぽっかりと抉れて無かったんです。

 それが、転がってこっちを見ている。いや目はないんですけど、見てるんですよ。

 それで、曲のことも理解しました。あれは、あの顔の穴から歌ってるんだ。

 あの穴から出てきてる呻き声なんだって。


 気づいたら仲間と三人で逃げるようにビルから出ていました。帰るのも怖かったので、三人で駅のほうに向かって、たまたまあった24時間経営の居酒屋に入ってその日は朝までオールしました。

 結局あれは何だったんだ、って話にもなったんですけど、正体を知るヒコさんに電話しても全く通じませんでした。それどころか、その日以来ヒコさんはネットからも地下アイドル界隈からも忽然と姿を消したんです。

 でも、僕たちだけにメールが一通きてました。文面には「お前らも推せるだろ」って書いてありました。

 いや、推せねぇよって、そういう話です。


 *

 

 馬渕さんは、最近そのことについて気になることがあるのだという。

「あの時は恐怖で全然気が付かなかったんですけど、あそこで流れてた曲、ヒコさんと最初にあったグループが出したCMソングなんですよね」

 今のところ馬渕さんの身には何も起こっていないそうだ。


 彼の語るヒコさんだが、今現在でも行方不明だという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢幻怪談 沖田 了 @okita-ryo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る