エピローグ
その春、牧場には新しい風が吹いていた。
レースの優勝からしばらくが経ち、祝福の余韻が去ったあとも、日々は静かに、そして確実に前へと進んでいた。
レンは、相変わらず竜舎の世話を欠かさず、時には村の子どもたちにヴェイルの背に乗せて空を見せてやるようになった。
ポポコは畑の番を自ら買って出て、牧場の作物を守る頼もしい存在となり、リュナは水路の整備や新しい小川の開拓を手伝ってくれている。
ヴェイルもまた、翼を広げては朝焼けの空を優雅に旋回し、ときおり遠くの雲を突き抜けて帰ってきた。
その姿は、村の誇りであり、牧場の希望だった。
俺はといえば、変わらぬ朝の支度をしながら、時おり竜たちの寝息や、レンの楽しそうな声を聞く。
それだけで、この一年間が決して無駄ではなかったことを実感していた。
あの日のレースで、俺たちは勝つこと以上に大事なものを手に入れたのだろう。
家族と呼べる存在。
信じ合い、支え合い、同じ空を見上げて、未来を語り合える仲間。
そして、別れもまた、旅立ちの一つだった。
シャムシェとクロムの姿は、朝焼けの空に消えていったが、教わったこと、共に過ごした時間は消えることなく残り続ける。
「ユウマ様、次のレースはいつですか?」
レンが無邪気に訊いてきた。
「慌てるな。まずはヴェイルともう一度、基礎から鍛え直そう。今度は村のみんなも応援してくれるからな」
「はい!」
レンの瞳には、かつての不安も迷いもなかった。
ヴェイルも力強く翼を広げ、僕の返事に応えるように空を見上げている。
新しい季節が、また始まる。
僕たちの牧場には、ドラゴンたちと家族がいる。
ここで生きて、笑って、また次の空へ。
終わり、そして始まり。
僕は新たな世界で命と向き合うことができている。
朝日に照らされる銀灰の翼が、高く高く舞い上がっていくのを、僕はいつまでも見送っていた。
誰よりも早く起きて、竜舎の脇を抜けて、森の入口まで歩く。
鳥のさえずりと、草を踏む音だけが耳に残る。
空には薄い雲が流れ、冷たい空気が頬を撫でていく。
俺は深く息を吸い、掌を合わせた。
「女神様」
小さく、声に出してみる。
「この世界に導いてくれて、ありがとうございます」
最初はただ、戸惑いと不安、そして喪失感しかなかった。けれど、牧場を守り、レンやヴェイル、みんなと出会い、家族になっていく中で、俺はもう一度生きる意味を見つけられた。
もし、あのままの世界で獣医として平凡に生きていたなら、知ることのなかった命の絆。辛さも喜びも、今ここにいる家族のぬくもりも。
「俺は、幸せです」
心から、そう思う。
新しい土地で、何もかも一から築くことは、決して楽じゃなかった。
けれど、その分だけ、一つ一つの奇跡が、自分の血肉になっていく気がする。
「どうか、この家族に、これからも平穏と、幸せを……」
言い終わると、森の奥で木々が揺れ、ひとすじの光が差し込んできた。
女神は何も語らない。
それでも俺は、いつも見守られている気がする。
遠くでヴェイルの鳴き声が響いた。
レンの元気な呼び声も聞こえてくる。
俺はもう一度、静かに森へと頭を下げた。
「ありがとう。これからも、俺たちは前に進みます」
光と風の中で、静かに感謝の祈りを捧げる。
レースを優勝する向こうに、女神に会える。
シャムシェには会ってどうするのか目的はないと伝えたが、俺は会ってこの世界に連れてきてくれたことを「ありがとう」と伝えたい。
「レン、グランプリで優勝するぞ」
「はい!」
最強のドラゴンを育て上げる。
それが今、女神様に返せる恩返しだと思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
どうも作者のイコです。
区切りの良いところまで書くことができましたので、この話はここまでにしようと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今後も他作品でどうぞよろしくお願いします!
ドラゴン牧場で命と向き合う異世界スローライフ イコ @fhail
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