後編 犯人はズワイガニ派

「おまえだよおまえ!!!! 他に誰がいるんだよぉぉぉ!!!」


 蟹太郎に向かって吠える重茂を、九浮が羽交い絞めにして止める。


「お、落ち着いて下さい! 重茂さん、思い込みはまずいですって! 他の関係者にもまずは話しを聞きましょう!」


 はぁはぁ息切れをしながら叫ぶ重茂を、抑え込んだままで九浮が他の関係者に発言を促す。


「はぁ……わたしはここのお店の店長をしています、尾見世おみせ野典澄のてんちょう43歳です。」


 禿げ頭のおっさんがそう自己紹介する。


「オナジミセのモノヨ、33サイネ! ア・ルバイト、イウヨ!」

「ああ、彼は留学生のアルバイトです」

 

 色の濃い肌をした外人の自己紹介を、補完するように禿げ店長が情報を付け加えた。


「私は比賀さんの友達で、今回ご馳走してくれるって連れてきてもらった、亜屋あや詩九内しくない24歳、近所のスナックで働いてます」


「俺は比賀の古くからの親友で、二汲田にくた伊上部いじょうぶ87歳、それだけだ」


「最後は僕ですね。 僕は比賀の孫ではんにん24歳、そこの詩九内さんの同級生です」


「おまえもか!!!」


 九浮に抑えられて、なんとか息を整えてかけていた重茂が、汎の自己紹介を聞いて再び大声で叫ぶ。


「ちょ! なんですかいったい! この人本当に警察官なんですか?!」


 汎が、重茂の叫び声に驚いて一歩後ろに身を引く。

 重茂は、自分を羽交い絞めにする九浮を引き摺って、汎の前に鬼気迫る顔で近づいていく。


「やめてください! 重茂さん! どうしたんですか?!」


 はぁはぁはぁと息を切らせる重茂は、色々とストレスが溜まってるのか怖い顔をしていた。


「落ち着いたから……もう放せ九浮」

「ほんとうに大丈夫ですか?」


 不安そうにしながらも、九浮は重茂への拘束を解いて一歩下がる。


「それで、全員のアリバイはどうなんだ?」

「アリバイですか……どうやら犯行時刻には全員バラバラの場所に居た為、誰もアリバイを証明できないようです。」

「ワタシハンニンジャナイヨ!」


 アリバイの確認を話してる最中に、不安そうに口を開くア・ルバイトを、重茂も九浮も無視する。


「では凶器になりそうな物は見つかったのか?」

「それが……結構大きな傷なのですが、そのような傷を付けられそうな凶器は見つかってません」


 シャキンシャキン

 暇そうにしていた蟹太郎が、暇つぶしにとばかりに、自分の鋏を開いたり閉じたりしている。


「そこにあるだろう!!!!! どうみても固いだろその鋏!!!!」

「っちょ! また! 重茂さんやめてください!」


 蟹太郎に詰め寄ろうとした重茂を、再び九浮が必死に羽交い絞めにする。


「もうそういつでいいだろう! どうみてもそれ以外ないだろうが!」

「やめてください! 意味がわかりません! 僕が晩酌の邪魔をしたから暴れてるんですか?!」

「ちがうわ!! 確かにそれはそれで腹たっているが、そうじゃないわ!!!!」


 暴れる重茂を、九浮が抑え込んで騒いでいると、蟹太郎が突然に喋り出す。


「あのぉ、実は犯人を私は見たと思います……」


 おずおずとそう言う蟹太郎に、重茂が食って掛かる。


「お前が犯人だろがあぁぁぁぁ!」


「っちょ、違いますよ! 私は素手ですよ? 身体調べて頂いても構いませんが何も持ってません! 私には無理ですから!」


「その素手が既に凶器だろうがぁぁぁぁ!」

「やめてください! 本当にやめてください重茂さん!」

「な、何言ってるんですかこの人! 意味がわかりませんよ!」


 抑え込む事にそろそろ疲れて来たのか、九浮の顔も歪んで息が荒くなっている。


「すみません蟹太郎さん! この人は無視して先ほど言いかけた事を教えていただけませんか!」


 暴れる重茂を必死に抑えながら、蟹太郎に発言を促す。


「は、はい! そ、そこの女の人、お店の方ではないですよね? その方被害者の方が居た座敷から、騒ぎの直前に一度出てきて厨房の中に入ったかと思うと、直ぐに座敷に戻られて、その直後に瞬間に悲鳴を上げられました。 厨房の中に凶器かくしたとかじゃないでしょうか?」


 ガルルルと暴れる重茂を、羽交い絞めにしたままの九浮は、お店の入り口へ向かって大声を出した。

 外にいた巡査の只野がよばれてお店に入ると、九浮の指示で厨房を確認しようとした瞬間、亜屋が大声を上げる。


「だめぇぇぇえ!」


 そしてそのまま、只野に向かって体当たりをかまそうとした所を、ア・ルバイトが彼女を羽交い絞めにして止める。


「アナタダメヨ!」


 その様子を横目に、九浮は只野を厨房に向かわせる。


「何かありますか?!」


 厨房の中を探す只野に、そう声をかける九浮の顔は、既に疲れ切っているようで青白くなっていた。


「あ、ありました! 巨大な蟹の鋏が冷蔵庫に隠してありました! しかも血もついてます!」

「なるほど! 食材の中に隠していたのですね!」


 只野は、その巨大な蟹の鋏を掲げて厨房から出て来る。


「あああああああ!!!!! お父さんんんん!!!!!」


 それを見た蟹太郎が、その巨大な蟹の鋏に縋りついて泣き出す。


「……とにかく只野さん、そこの亜屋さんに手錠を」

「はい!」


「詩九内さん……なんでこんなことを!」


 汎が、項垂れる亜屋の前に座り込み、肩に手をやってそう尋ねる。


「だ、だって……私はズワイガニが大好きなのに、タラバガニしかご馳走してくれないんですもの!」


 わんわんと泣き続ける亜屋の背を、汎は悲しそうな顔で撫で続けた。


 やがて亜屋はパトカーに乗せられて去っていった。

 残る現場には静寂が訪れる。

 いや、蟹太郎が父親の鋏に縋りついて、上げる泣く声だけはまだ響いていた。


 やがて誰ともなしに立ち上がり、お互いに視線を交わしながら溜息をつく。

 ただし重茂だけは、小さな声で何度も「ありえない」とつぶやいて、頭を抱えたまま蹲っている。


「……もう今日は、店は閉めるしかないですから、残った蟹……ご馳走しますので食べませんか?」


 店長である尾見世が、厨房に入って冷蔵庫から蟹の足を取り出しながら言う。


「いいんですか? ご馳走になって……」


 汎がそう申し訳無さそうに尋ねると、何てことないって顔で尾見世は答える。


「いいさ、どうせ暫く店は開けられない。 残った分は捨てるしかないだろうしな」


「それなら、お言葉に甘えて」


 そう言って蟹太郎と重茂以外が答えてカウンター席に座る。


「ア・ルバイト! お前は厨房で手伝えよ!」

「ア、テンチョ! ゴメンアサイヨ! スグイクヨ!」


 厨房に入ったア・ルバイトと、尾見世が素早く蟹の殻を割いて、炭火の上に置いて焼いていく。

 やがて焼きあがった蟹足を、それぞれの前に尾見世が出して、どうぞと薦めた。


「これ……おいしいですね!」


 九浮が満面の笑顔で感想を言う。


「ああ、今日は良いズワイガニが入ったから、本当はこれを亡くなったお客さんに、楽しんでもらう筈だったんですけどね……」


 九浮は項垂れる重茂をみて、ア・ルバイトが追加で焼いてくれた蟹の足を、お皿ごと持って重茂の前に座る。


「重茂さんもどうですか?」


 重茂は重い頭を上げて、無言でそれを取って口にする。


「ぬるいわ……」

「ア、ワタシヤイタノ、ナマヤケデシタカ?」


 ア・ルバイトがそう言って謝るのを、重茂は生気のなくなった瞳で見つめ続ける。

 重茂のポケットからは、スマートフォンの着信音がカニカニカニと鳴っており、その後ろでは、蟹太郎がまだ鋏を抱えて、同じようにカニカニカニと泣いていた。

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カニはズワイガニ派?タラバガニ派? 猫電話 @kyaonet

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