第3話 得意と苦手
「着きました、こちらになります」
紺凪の案内で大学の敷地内にあるシェアハウスに到着した一行は全員目を丸くしていた。
紺凪は「少し広めのシェアハウス」と説明していたが目の前の施設の外観は誰が見ても高級ホテルの佇まいであった。
「5階建てで1階はキッチンと食事スペースと医務室、2階と3階は各種娯楽施設、居住スペースは4階が男性用で5階が女性用です」
一通りの説明を受けた後、男性陣と女性陣に別れてそれぞれ居住スペースに向かい、話し合って各自が使用する部屋を決めた。
「は〜、疲れた〜」
赤城が部屋に入って寛いでいると、赤城のスマホに着信が入った。
「青依ちゃん?…もしもし?」
「もしもし赤城くん、今大丈夫?」
「大丈夫だよ、どうしたの?」
「ちょっとアパートに食べ物とか必要なものを取りに行きたいんだけど、着いてきてもらえないかなって」
突然の事で必要最低限の持ち物だけで来た為、他のメンバーも家が近い者同士で1度自宅に戻っていた。
「いいよ、青依ちゃんのあとでいいから俺のアパートにも着いてきてもらってもいい?」
「大丈夫だよ、1階で落ち合お!」
赤城は電話を切ると簡単に支度を済ませて1階のロビーに向かった。
「紺凪様、この後はいかがなさいますか?」
「わらわは今のところ必要な物は揃っておる故、そなたはわらわに構わず自由に動くがよい」
赤城がロビーに向かうと紺凪と火黒と透流が話していて、足を止めた。
「紺凪様の護衛は俺が代わる」
「しかし…」
「そなたも、思うところがあるのじゃろう?」
透流は口を噤む。
「今は誰がいつどうなるか分からぬ時じゃ…わらわの手助けをしてくれるのは有難いが、後々になって後悔するような事があってはならぬぞ?」
「ここは休暇だと思って紺凪様のお言葉に甘えておけ」
「そこまでおっしゃるなら…お言葉に甘えさせていただきます…」
紺凪と火黒の説得で透流は自分の心に従う事にした。
「兄さん、紺凪様を頼む…」
「ああ、任せておけ」
透流は紺凪と火黒に頭を下げ、建物の奥へと歩いて行ったと同時に赤城はロビーに入った。
「ん?赤城か、お前も出るのか?」
「ああ、青依ちゃんの付き添いついでに俺も必要なものを回収してくる、今は青依ちゃん待ち」
「じゃあ帰りに俺の煙草買ってこい」
「はぁ!?お前煙草なら腐るほどストックしてんだろ!!」
火黒は筋金入りのヘビースモーカーでストックはカートン単位で持っているのだ。
「赤城くん、お待たせ!」
「全然待ってないよ、行こっか!」
「赤城、青依」
火黒に名前を呼ばれて2人は振り返る
「気をつけてな」
「はい!」
「ありがとな、火黒!」
2人はニコッと笑い、2人のシェアハウスを出た。
「仲が良いのじゃな」
「子供の頃は素直で可愛かったんですけどねぇ…今じゃあんなマセガキですよ」
火黒は照れくさそうに苦笑いを浮かべた。
「透流も…赤城やそなたのように何気ない幸せを見い出せると良いのじゃが…」
「今は無意識でも、あいつはこうして自分の気持ちを表に出しました…小さな変化ですが、あとは時間が解決してくれるでしょう」
紺凪と火黒の話の話題になっていた透流は娯楽スペースがあるフロアにいた。
(この心の揺らぎは何なんだ…戦士の皆さんと対面してからずっと心が揺らいでいる…私は…どうなってしまうんだ…?)
透流は今まで経験したことが無い心のゆらぎに動揺し、額から冷や汗が流れ、呼吸が荒くなっていた。
「透流さん!?」
朦朧とする意識の中、自分を呼ぶ声がして透流は顔を上げた。
「桃歌…さん…」
声の主は桃歌だった。
「どうしたんですか!?顔真っ青ですよ!?」
「はっ…はぁっ…私は…大丈夫です」
「どう見ても大丈夫じゃないです!ちょっと失礼しますよ?」
桃歌は倒れそうになる透流の肩を担いでを身体を支えて胸に手を置くと桃色の光に包まれ、彼の呼吸が少しずつ落ち着いていった。
「ありがとうございます、これは…桃歌さんの彩(いろ)の力ですか?」
「苦しみを癒す桃色の力です、呼吸は落ち着いたようですが、こその部屋で少し休みましょう」
桃歌は扉を開けて入った部屋はピアノが置いてある小さなホールだった。
「とりあえず、座りましょう」
桃歌と透流は入口側の客席に座った。
「ここがシェアハウスなんて、未だに信じられないです」
「紺凪様は豪快な方ですからね、皆様を楽しませるのが大変だお好きなのです」
2人が雑談をしているとステージから美しい音色が聞こえてきた。
「あの方は…」
「透流さん、ご存知なんですか?」
ステージでは背は高いが少しあどけなさの残る女性がフルートを演奏していた。
「彼女も戦士の1人ですが、過去に辛い経験をされていて、男性に酷く怯えていらっしゃるのです…」
桃歌は透流の話を聞いて紺凪の話を思い出した
「おそらくPTSDから来る男性恐怖症ですね…だから集まったときあの場にいなかったんだ…」
桃歌はすっと立ち上がると息を大きく吸い込んで歌い始め、ステージに向かって静かに歩き出した。
女性は桃歌に気付いて顔を上げ一瞬少し驚いたような表情を浮かべたが、最後まで演奏を止めることはなかった。
「演奏の邪魔をしてしまってごめんなさいね、素晴らしい音色だったわ」
桃歌は演奏が終わると優しく声をかけた。
「ありがとうございます!私の方こそごめんなさい、人がいるなんて思わなくて…とても素敵な歌声でした!何だか心が癒されるような…」
女性は少しおどおどした様子だったが、桃歌の歌声に目を輝かせた。
「ありがとう、私は医学部6年の卯野桃歌、卯の戦士」
「教育学部1年の寅石実緑(とらいし みのり)、寅の戦士です…あれっ?」
「どうしたの?」
実緑は桃歌に挨拶をした後、自分の身に起こった小さな変化に気が付いた。
「私、中学生の頃に男の人に襲われてから家族以外の男の人を見ると上手く息が出来なくなってしまって…でも今は普通に話せてる…」
実緑は突然起こった変化に少し戸惑っていると、透流が客席からステージに向かって歩いてきた。
「桃歌さんの力によるものでしょう」
「私の彩(いろ)の力は苦しみを癒す桃色の力、透流さんから少しだけ実緑ちゃんの話を聞いて、気休めにでもなればって思って歌う時にを使ったの」
「凄いですね…家族以外の男の人と普通に話せたの…すごく久しぶりです」
実緑は瞳を潤ませながらどこか嬉しそうな顔をした。
「無理はしなくていいから、少しずつでいいから皆にも会いに行こうね」
「はい…まだ一対一で厳しいし、男の人が苦手なのは変わりないですけど…」
「それで良いのではないでしょうか」
透流は静かに呟いた。
「人にはそれぞれ得意な事と苦手な事があります、もちろん私にも」
「透流さんの苦手な事ですか?」
「私が持つ透明の力は読心術と透視能力です」
透流は自らの力の事を話し始めた。
「便利に聞こえるかもしれませんが、制御が利かない力ですので人の心が澱み、穢れていくところまで見えてしまうのです」
「だから最初にお会いした時に目隠しをしていたんですか?」
「その通りです…その為まともな人付き合いができず、友人の1人すら出来たことがないのです…恋愛なんてもってのほ…私の一番の苦手分野です」
長身で端正な顔立ちと紳士的な口調と振る舞いで、透流に想いを寄せる女性は後を絶たなかったが、透流は力の影響で他人を愛した経験が全く無かった。
「でも、今は目隠しをしてないですよね…大丈夫なんですか?」
実緑が不安そうに透流を見た。
「私自身も驚いたのですが戦士の皆さんからは澱みや穢れを一切感じなかったのです、自宅以外で目隠しを取るのは久しぶりですので少々戸惑っています…ですが」
透流は徐にピアノの方を向いて微笑みを浮かべた。
「苦手なことだらけの私ですが、剣道とピアノは得意なんですよ、もしよろしければ3人で合わせてみませんか?」
桃歌と実緑は顔を合わせて笑顔で頷いた。
透流のピアノ、実緑のフルート、そして桃歌の歌声のハーモニーがホールに響き渡った。
演奏を終えた実緑は満面の笑みを咲かせていた。
「私、辛いことはあったけど、先生になりたくてここに来たんです」
実緑は中学生時代にレイプ被害に遭った事で転校し高校卒業までを女子校で過ごした。
その時に出会い、親身になって接してくれた女性教諭に憧れて教師を目指すようになったのだ。
「素敵な夢ですね、何の先生になりたいのですか?」
「理科です、私がいちばん得意な科目なのと私の植物を操る緑の力を活かしたいと思ったんです」
「実緑ちゃんならなれるわよ」
「私もそう思います」
桃歌と透流は笑みを浮かべて実緑に応えた
「ありがとうございます!桃歌さんはどうして医学部に進んだんですか?」
「父が小児科の開業医だったのもあるけど、いちばんのきっかけは…」
桃歌の表情が少し曇った。
「幼稚園の時と高校生の時に…大切な人を目の前で亡くしたからなの…」
桃歌が透流と実緑に重い過去を話し始めた頃…
「必要物資も食料も手に入ったし、これで何日かは凌げるかな」
赤城と青依は自宅アパートから必要物資を回収して学内に戻って来た頃には静かな街が夕日に照らされていた。
「無事に戻って来れて良かったね」
「それはどうかしらぁ〜?」
「「…!?」」
背後から声がして2人が振り返ると、褐色の肌をした派手な服装の女が立っていた。
「アタシは挨拶しに来ただけよ?そんな怖い顔して威嚇しないで?」
「あなた…闇の戦士?」
「闇の戦士ねぇ…あんた達はそう呼ぶみたいだし?それもカッコイイけど、アタシ達としては「星座の戦士」って呼んで欲しいのよねぇ〜」
星座の戦士を名乗る女は髪を指に巻き付けながら気怠げに話を続ける。
「そんなことより!久しぶりねぇ〜、熊の戦士♡」
久しぶりという言葉に赤城は首を傾げた。
「は?俺はお前と今初対面なんだが?」
「え〜?ツレないわねぇ、一緒にあんたの爺さんの片脚吹っ飛ばした仲じゃない♡覚えてないの?」
「は…?お前…何言って…」
赤城が狼狽える中、女は赤城をじっと見つめる。
「あら、そこの記憶が綺麗に抜けてるのね…じゃあ、思い出させてあげる♡」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
女は指をひと振りすると赤城の頬に獅子座の刻印浮かび上がり、赤城は叫び声を上げてその場に倒れ込んだ。
「待ちなさい!彼に何したの!?」
青依は背を向けて去ろうとする女を威嚇した
「何って、アタシとの楽しい記憶を思い出させてあげるのを手助けしただけよ、アタシは獅子座の戦士、レオ・フレイム、また来るわ♡」
レオは後ろ向きで手を振りながら姿を消した。
「赤城くん!!…熱っ…」
青依が倒れ込んだ赤城の近くに駆け寄ると、赤城の周りはまるで火が炊かれているような熱さになっていた。
「赤城くん!?何してるのっ!?」
青依は赤城の行動に目を疑った。
赤城は自らの炎で身を包んでいたのだ。
「赤城くん!!しっかりして!!」
青依は赤城の身体を水でベールのように包んで炎を消し、火黒に連絡して合流するまで1人で担いでシェアハウスへ向かった。
進むうちに赤城は意識を手放し、身体が小さい青依への負荷が大きくなり、立っているだけで精一杯になった。
(やばっ…動けない…どうしよう)
「青依!!」
火黒と透流が赤城を担ぐ青依に駆け寄ってきた。
「兄さん、赤城くんは術を掛けられてる」
「分かった、桃歌にその事も伝えろ」
透流は無言で頷く。
「青依さん、あとは私が」
透流は青依に変わり赤城をおぶってひと足先にシェアハウスへ走った。
「火黒先生!!赤城くんが!!」
「もう大丈夫だ、今桃歌が処置の準備をして待ってくれている…立てるか?」
「はい…」
火黒は半泣きで縋り付いてきた青依を落ち着かせて、シェアハウスへ向かった。
続く
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