第4話 心の傷

シェアハウスの医務室に赤城を寝かせ、少し落ち着きを取り戻した青依は火黒から赤城の過去の話を聞いていた。

 

――12年前の夏休み――

赤城の家に火黒と透流が遊びに来ていた。

家が遠い上に大学生になって滅多に会えなくなった兄のように慕う双子のいとこに久しぶり会えた赤城は嬉しさではしゃいでいた。

その日の晩、食事を終えると花火師の祖父が花火を上げてやると張り切って3人の孫を連れて近所の川の土手へ向かった。

「赤城、火ィくれ!!」

「はーい!」

赤城は力を使って花火に火をつけ、夜空に咲く大輪の花を双子の従兄弟と目をキラキラと輝かせながら見ていた。

「おーおー!やっぱりお前の炎で上げる花火は綺麗にあがるなぁ!」

赤城はへへっと誇らしげに笑い指で鼻の下を擦った

「赤城、次は取っておきだぞ!」

祖父が花火をセットし、赤城が火を付けようとした時だった。

(坊や、いっぱい火をつけた方が綺麗にあがるわよぉ〜♡)

(え…?誰…?)

赤城の頭の中で女性の声が聞こえた直後に前が見えなくなり、視界が戻ると周りに焼け焦げた後が広がり、目の前には祖父が倒れていた。

「じいちゃんっ!!!!!」

「赤城!」

「赤城くん!」

火黒が祖父、透流が赤城に駆け寄った。

「じいちゃん!!火黒兄ちゃん!!透流兄ちゃん!!」

赤城は透流と共に祖父のもとへ駆け寄る。

祖父は左脚の膝から下が無くなり、大量の血を流していた。

「え…?じい…ちゃん…脚が……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

赤城は叫び声を上げながらぼろぼろと泣き始め、呼吸が急激に荒くなり錯乱状態になった。

「赤城くん!落ち着いて!」

「透流!じいちゃんは俺が見てる!赤城を連れて家に行って叔父さん呼んでこい!!」

「分かった!!」

透流は赤城をおぶって赤城の家へ走った。

「叔父さん!叔母さん!」

透流は赤城の両親に事情を話すと、赤城の父が川の土手へ走った。

「透流くん、ありがとうね」

赤城の母は透流を2階にある布団が敷かれた赤城の部屋に案内し、優しく労いの言葉をかけた。

「はい、しかしまだ油断はできません…今は解けていますが、赤城くんには何者かの術が掛かった痕跡がありました」

透流は気を失った赤城を布団に寝かせ1度部屋を出た。

「今は気を失っていますが、ここに来るまでは酷く錯乱していました…目を覚ましたらまた同じ状態に、なるかもしれません…僕はしばらく赤城くんの傍にいます」

「ありがとう、何かあったら言ってね」

赤城の母は階段を降りて1階に戻り、入れ替わるように火黒が部屋に入ってきた。

「兄さん、おじいちゃんは?」

「叔父さんと一緒に救急車で病院に搬送されて、一命は取り留めたそうだが、脚の再生はできないそうだ…」

「そうなんだ…命だけでも助かってよかった…」

透流はほんの少し安堵した。

「赤城の様子はどうだ?」

「今は眠ってるけど、ここに連れてくるまでは錯乱して泣き叫んでいたよ…」

「赤城、じいちゃん大好きだもんな…事故とはいえ、こんな事になったんだ、錯乱するなって方が無理だよな…」

「ただの事故では…なさそうだけど…」

「…何が見えた?」

透流の発言で火黒は目の色を変えた。

「ほんの一瞬、女性の影が見えたあとに…赤城くんの右腕に獅子座の刻印が見えた…」

「おい透流…まさかそれ…」

透流は静かに頷く。

「闇の戦士の術と見て間違いないと思う…僕が赤城くんの傍に行った時に刻印が消えるのを見た…おそらく赤城くんが炎を出す一瞬だけ操られたんだ…」

「うっ…」

火黒と透流が話していると赤城が声を上げた。

「赤城!気がついたか!?」

「兄さん待って、まだ意識は戻ってない…何かおかしい…」

「うぅっ…じい…ちゃん…かぐろ…にいちゃん…とおる…にいちゃん…ごめん…なさい…ごめん…なさい…」

赤城は無意識のままうわ言で祖父と火黒と透流を呼びひたすら謝っていた。

「赤城!俺はここだ!じいちゃんも助かった!」

「赤城くん、僕もここにいるよ、もう何も気にしなくていいんだよ」

「「熱っ!!」」

赤城の身体が火を炊いたように熱くなり手を引っ込めた2人だったが、赤城を見て目を疑った。

赤城の身体は炎に包まれていた。

「赤城くん!!!!」

「赤城!!お前何してんだ!!」

火黒は力を使って炎を消し、炎を出せないよう赤城の手を拘束した。

「透流…やべぇぞコレ…」

「ショックが大きすぎて赤城くんの力が暴走してるんだ…」

この事故は当時9歳の幼い少年だった赤城を錯乱させるには充分すぎるものだった。

「…どうする?」

「…さっきの事故の記憶を抜き取るしかない…赤城くんが…理解できるようになるまで…」

記憶を抜き取るのは透流が訓練を積んで会得した透明の力の応用であった。

「できるか?」

「記憶を抜き取ることはできるけど…赤城くんの性格を…変えてしまうかもしれない…」

「赤城が死ぬよりマシだ、叔母さんに話してくる!!」

火黒は赤城の母に事情を話した。

「性格が変わってしまったら、どう対応すればいいの?」

「元からその性格だったように対応してやってほしい…俺たちもそうするから」

「分かったわ、赤城を…助けてあげて…」

赤城の母も命を優先させる選択を取った。

透流が事故の記憶を抜き取った事で赤城の錯乱状態はピタリと治まったが、素直で人懐っこかった赤城の性格は飽きっぽく面倒くさがりな性格に変わっていた。


「って、事があったんだ…」

「赤城くんにそんな過去が…」

自分の力で大好きな祖父を傷付けたという余りにも重い赤城の過去を知り青依は上手く言葉を紡ぐことができない。

「本当は俺達でキッチリ説明した上で記憶を戻したかったんだがな…」

「もしかして…赤城くんが戦士のことを知らなかったのって…」

「事故の記憶と一緒に戦士に関する記憶も抜き取ったからだ…特に炎の力は事故の事を思い出す引き金になりかねないからな…」

火黒が青依に赤城の過去の話をしていた頃。


「んっ…透流兄ちゃん…」

「赤城くん、気が付きましたか」

目を覚ました赤城は落ち着きを取り戻していた。

「俺…何でじいちゃんのこと…忘れてたんだろ…」

「私が赤城くんの記憶を抜き取ったからです、赤城くんが落ち着いて向き合えるようになるまで」

「何で…?絶対忘れちゃいけない事だろ…?」

「覚えていないかもしれませんが…あの時赤城くんは、おじいちゃんを傷付けたショックで錯乱して自分の炎で身を包んで自分の身体を焼こうとしたのです…」

透流の話を聞いて思い当たる節があった。

赤城の体には小さな火傷の痕が無数にあったのだ。

「事故の時の火傷かと思ってた…」

「私が記憶を抜き取った後にそう説明するように口裏を合わせましたからね…」

「そうだったんだ…」

ここで同室で静かに話を聞いていた桃歌が口を開く。

「赤城くんは大好きなおじいちゃんを自分の力のせいで傷付けたのが辛かったのよね?」

「辛かったです…もう…消えてしまいたいくらいに…」

赤城の言葉で桃花は腑に落ちたという顔をした。

「赤城くんが無意識に身を焼こうとしたのは辛さのあまり「消えてしまいたい」と思ったところから来たものね…でもね赤城くん」

桃歌は冷静に分析した後に赤城と目を合わせて話し始めた。

「火黒先生や透流さん、青依ちゃんが君が身を焼くのを止められなくて、本当に君が消えてしまったら…どうなると思う?」

桃歌の問いかけに赤城は言葉を紡ぐことができない。

「君が感じたのと同じか、もっと大きな辛さと悲しみを感じる人を作ってしまうことになるの…」

赤城は桃歌の言葉に息を飲んだ。

「寿命を全うする時以外で目の前で大切な人を失う悲しみなんて経験した人にしか分からない…でも私は君にも青依ちゃんにも他の皆にも分かってほしくない…分からなくていい…」

「桃歌さん…」

「火黒先生も透流さんも青依ちゃんも、同じ気持ちだったんじゃないかしら?」

「その通りですよ赤城くん、私も兄さんも赤城くんを失いたくなかった…それにあの時君を止めなかったら私も兄さんも、叔父さんと叔母さんと、おじいちゃんにも顔向けできなかったでしょう…」

「…そうだよな…ありがとう、透流兄ちゃん、桃歌さん」

赤城は穏やかな表情で感謝を伝えた。

「落ち着いたら火黒先生と、青依ちゃんにも伝えて揚げてね…さて、記憶を戻しましょう」

まず桃歌が赤城に手をかざして癒しの力でレオの手で掛けられた術を解き、頬に刻まれた獅子座の刻印を消した。

「辛い記憶ですが今の赤城くんなら受け止める事が出来るでしょう、力の使い方も思い出すはずです」

桃歌に変わって透流が手をかざすと赤城は淡い光に包まれた。

「透流兄ちゃん…ありがとう…全部思い出したよ」

赤城は憑き物が取れたような表情になった。

「赤城、思い出したか」

医務室の扉がガチャっと開き、火黒と青依が入ってきた。

「全部思い出したよ…火黒、青依ちゃん、ありがとう」

「落ち着いたみたいだね、よかった」

「まったく、大変だったんだからな〜」

「ごめんて」

赤城は口調こそそのまだが、本来の素直な性格が戻っていた。

「まあ、お前の素直さに免じて許してやるよ、あとお前が全部思い出したら渡せってじいちゃんからコレ預かってた」

火黒は赤城に少しヨレた一通の手紙を渡した。

「じいちゃんから?」

「そうだ、読んでみろ」

「うん」

赤城は封筒を開けて手紙を読み始めた。


赤城へ

この手紙を読んでいるということは全て思い出したということだな。

まず何より先に伝える。

お前は何も悪くない。何も気に病むことはない。

じいちゃんは生きているし、脚の1本くらい無くなったところで花火は作れる。

またお前の炎でじいちゃんの花火を上げてくれ。

お前の炎で上げた花火はどんな炎よりも綺麗に上がる。

またお前と火黒と透流の3人で見に来い。

思い出したとき、お前に好きな女の子でも出来ていたらその子も連れてこい。

いつまでも楽しみにしている。

じいちゃんより


手紙に綴られた祖父からの温かい言葉を温かい雫をこぼしながら噛み締めるように胸にしまった。


赤城と青依はひと足先に医務室を後にしてロビーに移動した。

「青依ちゃん、色々ありがとう、火黒と透流兄ちゃんから聞いたよ」

「困った時はお互い様だよ!…まぁ、あれを見た時は気が動転しちゃったけど…」

「…ごめん…」

赤城は気まずそうに目を逸らした。

「赤城くん」

名前を呼ばれ、赤城は再び青依に顔を向けた。

「私ね、本当は赤城くんの事ずっと前から知ってたんだよ」

「えっ!!そうなの!?」

「1年の時の学園祭だったかな、柔道部の炊き出しの料理がすごく美味しいって聞いて行って食べてみたらすごく美味しくて」

「そういえば1年のとき先輩に「作ったの、こいつです!」ってヘッドロックされたっけ、懐かしいな…青依ちゃんだったんだね」

赤城も学園祭の事をうっすら思い出した。

料理が得意な赤城は学園祭で調理をしていたのだ。

「私、料理が全然できないから教えてほしいなって思ったけど、忙しいそうだったから名前すら聞けなくて、学内で見つけてもお友達と一緒だったし…だからこんな形だけど、赤城くんと話せて嬉しかった」

「いつでも声掛けてくれてよかったのに」

赤城は照れくさそうに笑った。

「だから、これからは今まで話せなかった分たくさん話したい…今日みたいに赤城くんが辛い時は、私が支えになりたい」

「青依ちゃん…ありがとう」

赤城が笑みを浮かべると赤城の熊の紋章が赤く光った。

「え!?何これ!?熊が白くなった!?」

熊の刻印が炎に包まれ、刻印の色が黒から白に変わった。

「多分だけど、記憶が戻って赤城くんの戦士の力が覚醒したんだと思う」

「そうかも…何か枷が外れたみたいに身体が軽い」

辛く苦しい過去の記憶と向き合った赤城は本来の力を取り戻した。

赤城と青依は笑って話しながらそれぞれの部屋へと戻っていった。



続く

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