祈れば勇者は蘇る!

日野球磨

マホウツカイ


 きゃるるーん♪


 私の名前はクラリ!

 クラリ=エルガ=フルブックリン!


 スフラドール魔導術学院空間魔導力学専攻の今を時めく魔法使いなのである!

 そう、あのスフラドールなの! 世界有数の魔法使い育成機関にして、最優秀賢者最多輩出学院230年連続一位の超名門!


 しかも、エルガを名乗ることができる私は、スフラドールの首席卒業生ってわけ! 


 つまり出世街道に乗ったも同然で、この先に待ち受けるバラ色の人生への片道切符を両手で抱えられるほど持て余してるの!


 でもでも、世界有数の大☆天☆才の私様にも一つの汚て……ゲフンゲフン……一つの問題を抱えているの。


 実は、これでも私は貧困層の生まれ。明日の食い扶持に困った女が吐いた、かっぴかぴのげろの中から生まれて来た。それが私。


 ま、今となってはそんなことどうでもいいの。お母さんは流行り病で死んじゃったし、生まれた村は魔物の群れに焼き討ちされて灰も残ってない。そこからの人生はもう、それはもう波乱万丈の一言に尽きるのだけれど。いえ、その程度の言葉で終わらせたくないほどに苦労したのだけれど。


 とーにーかーく。超名門にして出世街道まっしぐらにして勝ち組人生を約束された最強無敵眉目秀麗天下無双の私だとしても、それだけの苦労を強いられてやっと手に入れたこの地位を、どこぞの嫉妬狂いの間抜け貴族に過去のあれこれを利用して蹴落とされるわけにはいかないわけ。


 だから私は志願した。

 最低最悪の魔王を倒す勇者の旅路に。


 勇者といえば、国お抱えの最強の戦士のことだ。しかも、聞く話によれば男ときた。即ち、溢れ出る才気と垂涎物の美貌をまき散らし、学院の男全員を袖にした私なら、簡単にお近づきになれるってことよ。


 近づいて何をするのかって? そりゃもちろんあんなことやこんなことを。一発で足りないならなんどでもやらせるつもりだけど、一回でも既成事実を作れればあとは簡単でしょ。


 勇者の女ともなれば、その辺の貴族連中じゃ手を出せないし、国お抱えともなれば相当な要職。つまり、願ってもみない玉の輿ってわけ。そりゃもう、勇者パーティの話が舞い込んできたときには喜んで飛びついたものよ。


 まあでも、そのためには魔王を倒さないといけないわけだけど……それは然したる障害じゃないわ。もちろん、魔王といえば千年戦争のおとぎ話に聞く怪物だし、遠い国は一夜で滅んだなんて話だけど……それでも勇者は、その魔王との戦いすべてで生き残ってるのよ! ――もちろん、勝ってもないけどさ。


 でもきっと、それは勇者が優秀な人間を連れていかなかったからに決まってる。そもそも、私のように優秀な人間なんて、この世界にいったいどれぐらい居るのかしら。結局、世界最高峰の魔導術学院も、脳みそがまたぐらについてる男と女ばっかりだったわけで、あれなら貧民街の娼館通りと大して変わらないわ。


 つまり、どんな戦場だろうと生きて帰った勇者と、世紀の大天才魔法使いの私が加われば向かうところ敵なしってわけ。


 そして生まれる蜜月の時……そういえば勇者の顔ってイケてるのかしら? うーん……まあ、国が大々的に勇者を喧伝してるんだから、そこまで生理的に受け付けないなんてことはないはず。


 最悪ゴブリン顔だったとしても、肝心なのはしたかどうかよ。なんなら寝床に裸で潜り込んでやればいいわけ。


 ふふっ、流石の勇者といえども、美貌と才気がくったくったに塗り込まれた美少女大魔法使いが同衾してるとなれば、どんな反応をすることやら――


 そして訪れた勇者との邂逅の日!


 顔は上々、悪くないわ。貴族の嫡子によくあるオーク面かとも思ってたけど、やっぱり戦士は違う。引きこもりの魔法使い共じゃ出せないような気迫があるし、それにどこか遊び心を残したような純粋な笑みも持ち合わせているなんてもう最高! あの様子じゃ、確実に女を知らないはず。


 これ以上ないほど好条件がそろった今、夜のベットでゴーカートと行くのも時間の問題……だったはずなのに。どういうわけか靡かない。押しても引いてもうんともすんとも。なによ、「今日は魔物が多かったから、君もゆっくりと休んだ方がいい!」って。確かに鉄のゴーレムとかやたらすばしっこいカーバンクルとか変なのがたくさんいたけどさ、あんなものをたくさん殺したところで私は魔法使い。突っ立て魔法を使ってるだけだってのに、何を疲れさせることがあるのよ。


 こうもうまくいかないと、なんだかあの顔が憎たらしく見えてくる。子供のように奔放で、何にも考えてないような顔。でも、実力は噂に違わず壮絶なモノだった。鉄を木の枝みたいな木剣でバターのように切り裂いて、べろべろに靴底が剥げた壊れかけの革靴で音すら置き去ってカーバンクルを捕まえる。


 なのに、行動も言動も子供じみていて、変な感じがする。見たところは同年代か、少し上なのに、どこか幼い。幼い癖に、馬鹿みたいに強い。


 出来の悪い泥人形を見てる気持ちにさせられる。手も足も大きさがバラバラで、なにもかもがちぐはぐで、何を作りたかったのか、出来上がったころにはわからなくなってしまったような、そんな感じだ。


 でも、私の未来のためにはこの難攻不落の朴念仁を打ち倒し張り倒し押し倒さなければいけないことに変わりなく、今日も今日とて戦いを仕掛けるの。


 女の武器をそのまま使うのは下策。長旅で築いた信用を餌に弱さを見せて、油断を誘って、その気にさせる。親愛と肉欲と過ちを、ベットの上でかき混ぜる。


 が、だめ。百年は使い古されたような房中なんたらも、最近流行りの恋愛指南本の内容も、のらりくらりと躱されてしまう。

 もう、何がダメだったのか、わからない。見たところ、錬金術士の女も失敗してるみたいだし、もしかして頭ン中まで子供っぽいとか……ああ、考えたくない。


 なんだか、魔法にも力が入らない気分だ。精も根も尽き果てたわけじゃいけど。それどころか中に出してほしいぐらいだけど。でも仕方ないと思うの。本当に。魔王城の目の前で、ゴールまであと少しだってのに、既成事実のきの字すら作れてない。


 うっそうと生い茂った王国北部の山林を抜けた先に待ち構える魔王城。煉瓦造りの巨大を要塞は、私の生まれたアズガッド王国のそれと変らない建築様式であるはずなのに、なんと禍々しいことか。

 門の前には、人の体に馬の頭を持った巨大な門番も構えてるではないか。あれを倒すのは、なかなかに骨が折れそうだ。


 まだ外壁を遠くから眺めているだけなのに、魔王の恐ろしさが伝わってくる。この城には、あとどれだけの魔物が潜んでいるのか。


 ただ、私は焦っていた。

 魔王を倒せるか否かなんてどうでもいいぐらいに。


 だって、このまま魔王なんて倒そうものなら、勇者の妻という最高の玉の輿を逃すことになる。だから、だから、ちょっとだけ。


 勇者にはけがをしてもらって。それで、町に戻る。町に戻って、一か月か二か月つきっきりで看病すれば、流石に脳内ガキンチョなぼんくら昼行燈でも、それがどういう意味を持つのかはっきりとわかるはず。いや、わからせる。


 だって、そうしないと私は幸せになれない。ここまで頑張って来たんだ。今更、諦めることなんてできない。


 動けない勇者の上に乗って、これでもかと。そうすれば、きっと、きっと――


「おい、なにしてんだクラリッ!」

「……え?」


 百発百中の弓の名手ダズの声が、私の意識を叩き起こした。ちょうど勇者が、魔王城の門番の持つ巨大な斧で背後から真っ二つにされた直後の話だ。

 彼の目には私に対する非難の色がにじみ出ていた。それもそうだ。今は、戦闘中――


「勇者様……!」


 カマトトぶった錬金術師ヴィルデナーテが涙を流しながら血に塗れて倒れる勇者の傍に近寄るけれど、数瞬後には門番の巨体に弾かれた体がひしゃげて宙を舞った。

 勇者と錬金術士。二人の死が確定した瞬間を、私はぼんやりと眺めている。


「ヴィル!」


 記憶が正しければ、確かヴィルデナーテとそういうことをしていた間柄の戦士フーガが、仇を取るように門番に食って掛かるけれど、大岩を持ち上げる自慢の筋肉ごと彼は門番の大きな体に踏みつぶされてしまった。


「おい、クラリ! クラリ! お前のせいだぞ!」


 生き残ったのは私とダズだけ。

 たった今、ここまで苦楽を共にした仲間三人を殺した怪物に背を向けて、ひたすらにダズは私を罵っている。


「お前が、敵を拘束する作戦だっただろ! お前が……お前があいつらを殺したんだぞ!!」


 門番の大斧がダズの上半身を吹き飛ばした。そして、最後に残った私の方へと、魔王城の門番はゆっくりと歩いてきた。


「やっ……」


 ああ、ちょっとだけ。ちょっとだけ、目を離しただけなのに。悪戯してやろうって、汚させてやろうって、思っただけなのに。こんなことになるなんて、思ってなかった。なんで、なんで。私は、私は、クソみたいな人生をどうにかしたくて、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと努力してきたはずなのに。わけわかんない呪文を覚えて、朝も昼も夜も朝も勉強して、魔物を殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し続けて最高の魔法使いになって誰もが憧れる存在になってあんなに汚れて死んだ女のことなんて忘れたくて惨めでしかなかった子供の頃の思い出なんて汚らわしくて気持ち悪い男どもの笑い声を燃やしたくてそんなこと許されるわけなんてないから我慢して我慢して我慢して我慢し尽くしても全然足りなくてだから笑えなくしてやって殺して燃やして灰にして魔物のせいにして入学してやっぱりおんなじでだから壊して壊して壊して嫌われてわからせてそれでもバカばっかりで私の価値なんて全然わかってくれなくて足を引っ張ることしか考えてなくて誰も信じられなくてうんざりしたからまた壊して殺して刺して埋めて食わせて犯して壊して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して――


「嫌だ、まだ死にたくな――」


 目の前に迫る大斧は、私の努力なんてちっともわかってくれなかった。





















➤祈る

 祈らない


「ぷっはぁ……」


 アズガッド国王都の大聖堂。

 白の調度に包まれた巨大な空間の中心に置かれた歪な黒の棺の中で、その男は起き上がった――いや、


「おお、勇者よ。死んでしまうなんて情けない」


 そう語るのは、この国を統べる王アグロハルデ二世だ。聖堂に設置された棺の前に立つ彼は、上半身を起こしたばかりの勇者を見下ろしてそう言った。


「ああ、そうか。僕はまた死んだんだ」

「そうだ。しかし、死んだことでおぬしは一つ強くなった。この死を糧に、次こそは魔王を倒すのだ!」

「わかりました王様」


 王の言葉に居ずまいを正した勇者は、黒い棺から立ち上がり、今度こそはと奮起しながら大聖堂を後にする。

 その背中に向けて、王が訊ねた。


「ところで、勇者よ」

「なんでしょうか、王様」

「君のことを随分と気にかけていた少女が居たが、あれはどうなったのかな?」

「少女……ですか」


 王の質問に対して、勇者は少し考え込むように間を置いてから言った。


「誰のことですか?」


 なんでもないかのように、そう言ったのだ。

 その姿を見て、王は「そうか」と呟くように言葉を零し、いそいそと棺の蓋を閉じた。それから、立ち止まる彼に対して、背中を向けたまま語りかけた。


「勇者よ。改めて言うようなことではないかもしれないが……我らが祈らねば、おぬしは蘇らぬのだ」

「わかってますよ、王様。だから僕は、この命に代えてでも、魔王からこの世界を守らせてもらいます。それが使命ですから」


 勇者は蘇る。

 魔王という大敵を打ち倒し、滅ぼされんとする人間を救うために、弱者の救世を願う言葉を聞き届けた勇者は、何度だって蘇るのだ。


 祈れば勇者は蘇る。


「では、王様。魔王退治に行ってきます」


 祈れば勇者“は”蘇る。


「次こそは、期待していてくださいね」


 

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