第十七話 制度という神殿
かつて地下に潜む風変わりな信仰でしかなかった「無垢信仰会」は、次第に“制度”としての輪郭を明確にし始めていた。
最初に導入されたのは、「無排泄宣誓制度」だった。
信徒は入会時に“排泄をしないことを誓う”という誓約書に署名し、その履行を自己点検する「清浄日誌」を毎日記録することが義務付けられた。
内容は、前日の摂取物、排泄に関する誘惑や想起、その克服方法などであり、週一回、美苑もしくは教団幹部による“日誌指導”が行われた。
次に整備されたのは、「階位制度」である。
信徒はその精神的純度と無排泄歴に応じて階位が授けられる仕組みになっており、「信者(アクト)」→「実践者(プルーフ)」→「浄者(ピュリファイア)」→「器(ヴェッセル)」→「無(ノン)」の五階位が存在した。
特に「器」は、無排泄を三ヶ月以上継続し、美苑による直接承認を得た者だけが授かれる高位とされた。
教団はまた、排泄に関する言葉の使用を制限し、「うんこ」「おしっこ」などの表現は“世俗語”とされ、代わりに「痕跡」「不要な余剰」「落下の名残」など詩的な隠語が用いられるようになった。
そして、美苑の指導によって「対汚儀式」が開始された。
それは週に一度、信徒たちがかつての「排泄的行為」に対し象徴的に拒絶を表明する儀礼であり、無音の部屋で香を焚き、空の便器に白い花弁を一輪ずつ落としてゆくというものだった。
こうして、「無垢信仰会」は次第に精神的信仰から生活の全域に浸透する体系へと変貌していった。
学校を辞める者、会社を去る者も現れた。
「排泄を前提とした社会制度と折り合うことはできない」
それが幹部たちの公式見解であり、一部の信徒は郊外に“清浄区”と呼ばれる集団居住区域を設けて移住を始めた。
制度は教義を補強し、教義はまた制度を絶対化した。
それは、信仰が社会を組み替えようとする最初の兆候だった。
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