第八話:いいねの呪い


私の名前はアリス。

17歳くらいに見えるらしいけれど、自分ではよくわからない。

普通の世界で起きた、普通じゃない怪談を、私はただ集めているだけ。


たとえばこれは、とある女の子が“見られること”に呑まれていった話。



柚葉(ゆずは)は、ごく普通の女子高生だった。


自撮りが趣味で、フィルターのかけ方にこだわりがあり、

カフェに行けば必ず写真を撮ってSNSに上げていた。


最初は、ほんの数人の友達と“いいね”を送り合うくらいの、平和な遊びだった。

でもある日、一本のリプライが彼女の運命を変えた。


「あなたの加工、すごく好みです。おすすめのアカウントあります」


リンク先は鍵付きのアカウント。

投稿はゼロ。フォロワーもゼロ。けれど、プロフィールにはこう書かれていた。


『あなたを見ています。あなたを“もっと”にしてあげます』


意味不明だった。でも、柚葉はなぜか、それをフォローしてしまった。

指が勝手に動いたようだった、と後に彼女は語っている。


──そこから、“見られること”が止まらなくなった。



それまで数十だった「いいね」は、一晩で千を超えた。

通知の嵐。コメントの嵐。


「可愛い」「天使」「なんか、すごく魅力的」

知らない人からの称賛は、麻薬のように脳を焼いた。


投稿を続けるうちに、彼女の雰囲気は変わっていった。

メイクは濃くなり、目の開き方、笑い方、ポーズまでどこか奇妙な“テンプレ感”が出てきた。


そして、ある日、誰かが言った。


「……最近の柚葉、あの子に似てきてない? 昔、事故で亡くなった──あのインフルエンサー」


彼女の名前は、葵(あおい)。

数年前、ライブ配信中にトンネルで事故死したとされる少女。

死後もなぜかアカウントだけは生きていて、ときどき“いいね”を押してくる、という都市伝説。


柚葉はその噂を笑い飛ばしていた。

でも、ある夜、ふと開いた通知欄に、こう表示されていた。


『@aoi_xxxxx があなたの写真をいいねしました』


冷たい指が、背中をなぞるような感覚。

そのアカウントは存在しないはずなのに。



ある日のライブ配信。柚葉はこう語った。


「最近、夢を見るの。暗い部屋の中で、自分が誰かと向かい合ってるの。

でも、その人の顔が、私の顔なの。もう一人の私が、私を真似して笑ってるの」


コメント欄は荒れた。

怖がる人、ネタだと笑う人、応援する人。


でも、彼女はやめなかった。

いいねがつくかぎり、自分の“価値”は証明されていると思っていたから。


そして、事件が起きる。



彼女の最後の投稿は、深夜の廃墟からだった。


「ちょっと、怖い場所に来てみた。今日で、バズらなきゃもう終わりだし」


荒れ果てた校舎。黒板には何も書かれていない。

風もないのにカーテンだけが揺れている。

画面が何度もノイズをはさむ。


途中、彼女はふと後ろを振り返った。


そして、画面の中で凍りついた。


「……だれ?」


配信を見ていた視聴者たちが異変に気づく。

画面の端、廊下の奥に──“誰か”が立っている。

髪が顔を覆い、服はボロボロ。だが、ポーズだけは柚葉とまったく同じだった。


「やめて……来ないで……!」


彼女の悲鳴とともに、配信はぷつりと切れた。



それが、柚葉の“最後の投稿”となった。


彼女は失踪した。スマホだけが残されていた。

そこに残っていたのは、自分の写真──いや、“自分の顔を真似た何か”とのツーショット。


そして、スマホのインカメラで撮られた最後の一枚。


画面いっぱいに、柚葉の顔。

その目が、もう“彼女のもの”ではなかった。



数日後、葵のアカウントに投稿があった。


「ありがとう、柚葉ちゃん。

次は、あなたのフォロワーの番だね。」


その日を境に、柚葉のSNSをフォローしていた一部のユーザーが、同じように失踪したという。



誰かに認められたい気持ちは、誰にでもある。

けれど、見られることに慣れた人間ほど、

“誰に見られているか”には無関心になる。


気づいたときには、もう自分が誰なのか、わからなくなっている。


そして“彼女”は、ずっと、誰かを見ている。

新しい顔を手に入れるために。


では、また次の怪談で。

その“いいね”、本当に人間が押してると思う?

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混沌の国のアリス エルシィ・ローズ @elcy2025

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