第七話:知らない同級生
記憶って、意外といい加減なもの。
昔の同級生の顔を、何人覚えていられるだろう。
だからこそ、間違ってまぎれ込んでしまうのかもしれないね。
“そこにいなかったはずの人間”が。
こんばんは、アリスです。
今日の話は、気づいてはいけない誰かと一緒に帰ってしまった人の話。
⸻
同窓会の案内状が届いたとき、彼は少しだけ躊躇した。
久しぶりすぎる顔ぶれ、覚えているのはほんの数人。
でも、どこかで「変化のない日々に飽きていた」のかもしれない。
会場は、街はずれの古い居酒屋だった。
木造の引き戸を開けると、懐かしい声と笑いが混ざり合っていた。
思い出話、あの頃の失敗談、恋バナの続き──
時は過ぎたのに、空気だけは昔のままだった。
「よく来たな!」
「お前、全然変わらないなー!」
久々の再会に笑いながら、ふと、彼は気づいた。
一人──誰だかわからない女がいた。
黒髪をきっちり揃え、紺色のワンピースに細い白い腕。
彼と目が合うと、微笑んで頷いた。
けれど──まったく思い出せなかった。
「……あの人、誰だっけ?」
隣の同級生にそっと尋ねる。
「え? ○○だよ。三年の時、同じクラスだったじゃん。忘れたの?」
名前を聞いても、ピンとこない。
それどころか、その名前すら記憶にない。
でも、周囲は皆、当たり前のように彼女と話し、笑っていた。
不自然なほどに、違和感がなかった。
その女は、ふいに立ち上がり、少し離れた席へ移動した。
誰かの肩に手を置いて、耳元で何か囁く。
指が白く、どこか“爪の形”が異様に感じた。
そして、誰のカメラにも彼女は映っていなかった。
⸻
宴も終わり、夜風に酔いをさましながら外へ出た彼に、声がかかった。
「……ねえ、一緒に帰ってもいい?」
振り返ると、あの女がいた。
ライトの下で、表情が陰になっていた。
「うち、こっちの方なの。歩いて帰るの、もったいないし──ちょっとだけ、ね?」
言葉に逆らえなかった。
いや、逆らってはいけない気がした。
⸻
歩きながら、彼女はぽつぽつと話し始めた。
「三年のとき、屋上の鍵、勝手に開けてたでしょ?」
「教室の黒板に変な絵、描いてたじゃん」
「卒業式のあと、保健室にこもってたよね?」
すべて、事実だった──
だが、誰にも話していないことばかりだった。
「……どうして、それを」
彼が問いかけると、彼女は立ち止まり、こちらを見た。
「だって、ずっと見てたもん」
その瞬間、風が吹いた。
彼女の髪が揺れ、顔の輪郭が一瞬“ぼやけた”。
通りの灯りが遠のいていく。
民家の並びが、異様に均一になっていく。
植木、郵便受け、玄関のタイル──すべてが同じだった。
すれ違う人影は一人もいなかった。
いや、一度だけ、遠くに“誰か”が立っていた。
白い顔、濃い影、ピクリとも動かず、
首だけが、ほんの少しずつ左右に揺れていた。
「ついちゃうよォ」
彼女の声が、間延びした。
テープの音声をスローで流したような、くぐもった、粘つくような声。
彼はゾッとして立ち止まった。
「──ごめん、やっぱりこっちじゃない気がする」
「そう?」
彼女は、笑った。
口元だけが、引きつったように持ち上がった。
「じゃあ、来なければよかったのに」
その目は、瞳孔がないように見えた。
いや、“黒目全体が濁っていた”。
⸻
彼は走った。
走っても、景色は変わらない。
民家が反復し、どこまでも続く。
足音が、彼の後ろについてくる。
タッ、タッ、タッ、タッ──
女の声が、風に混じって聞こえてきた。
「……どこに帰るのォ?」
「帰るとこなんて、もうないのに」
「そっち、どこにつながってるのかなァ……」
声が重なり、ずれて、回転して──耳にまとわりついた。
ふいに、彼の足が何かを踏んだ。
白い花だった。
地元の霊園にしか咲いていない、花。
道がねじれていた。
歩いているはずなのに、景色が後退していた。
──ふと、まばゆい光。
車道の明かり、街の喧騒、知らない誰かの怒鳴り声。
「おい! 危ねぇよ、こんなとこで何してんだ!」
現実が、急に戻ってきた。
⸻
彼は無言で帰宅し、スマホを開いた。
グループチャットには、誰もその女の話をしていなかった。
写真も見た。
集合写真、乾杯の瞬間──
やはり、彼女は一枚も写っていなかった。
だが、アルバムの一番下に、見知らぬ画像が一つだけあった。
【帰り道 2025/4/21 23:08】
画面には、後ろ姿の自分。
背後に、誰かが立っていた。
白い顔、膨れた肩、ぼやけた輪郭。
その写真だけが、削除できなかった。
⸻
あなたの同窓会にも、知らない誰かが混じっているかもしれない。
でも誰も、それをおかしいとは思わない。
記憶にないのは、あなたの方か、それとも──“相手の方”か。
では、また次の怪談で。
帰り道で誰かに呼ばれても、絶対に返事しちゃダメだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます