第六話:夜のサービスエリア
夜の高速道路を走っているとき、誰もいないサービスエリアを見つけたら──
あなたなら、立ち寄る?
私はやめたほうがいいと思う。
特にそこが、どこか時代を間違えたような空気をしていたら。
こんにちは、アリスです。
今日は、あるサービスエリアでの話。
男の人が、二人の女性と出会ったことで起きた、“引き返せない怪談”です。
⸻
それは、八月の終わり。
仕事で出張していた彼は、深夜の東北道をひとり走っていた。
夜風はまだ生温かく、窓を閉めても汗が滲む。
そのとき、前方の掲示板が赤く光った。
「事故渋滞 通行止」──。
仕方なくナビの案内に従い、側道に降りた。
真っ暗な山間の道。電灯もろくになく、ハイビームが頼りだった。
15分ほど走ったとき、ふいに右手に光が見えた。
古びた案内板。「御形サービスエリア」と書いてある。
木製で、文字は掠れ、右半分は苔が這っていた。
小さな不安を覚えつつ、彼は車を滑り込ませた。
⸻
そこには、時代が数十年ズレた空間が広がっていた。
駐車スペースには数台の車が並んでいたが、どれも古い型式ばかり。
スカイライン、カローラ、セドリック。
ボンネットの形も、ナンバープレートもどこかおかしい。
売店の看板には、手書きのような字体で「冷コー、アイスクリン、ホットケーキ」。
建物の中には人がいた。
座っている、歩いている、品物を手に取る。
でも誰も、何も話していない。
流れているBGMは、昭和のアイドルソング。
針が飛んだように、同じフレーズを繰り返していた。
「好きよ、あなた…好きよ、あなた…」
売店の店員も、何も言わずにレジに立っていた。
笑顔のまま、ピクリとも動かない。
瞬きすらしない。
彼は缶コーヒーを買い、建物を出ようとした。
そのとき、声がした。
「ねえ、ちょっと…!」
振り返ると、若い女性が二人立っていた。
⸻
どちらも20代前半。
レトロな服装で、黒髪。
ひとりはボブカットで、白いワンピース。
もうひとりはポニーテールで、赤いカーディガン。
「あなたも、さっき入ってきたばかりですよね?
この場所…おかしくないですか?」
二人とも震えていた。
話を聞くと、同じように道に迷って入ってきたらしい。
時計は止まり、スマホは圏外、車のカーナビもフリーズしていた。
「ねえ…お願い、一緒に出ましょう? この場所…何か変なのがいる…」
その瞬間、店の奥から音が聞こえた。
──ずる、ずる、ぐしゃっ。
濡れた何かを引きずるような音。
続いて、カチャカチャと金属のぶつかる音。
彼が振り返ると、売店の奥から“それ”が出てきた。
⸻
顔がなかった。
いや、皮膚はあるのに、そこに目や鼻や口が“なかった”。
のっぺりとした白い肌。
ただ一面に、爛れたような赤い線が何本も走っていた。
それが、ずるずると床を這うように近づいてくる。
そしてその背後から、もう一体。
さらに、三体、四体。
全員が、静かに、だが確実に歩み寄ってきた。
音もなく、何も言わずに。
「逃げて…っ!」
彼は女たちの腕をつかみ、車へ走った。
キーを回す指が震える。
エンジンがかかる音が、あんなに心強く聞こえたのは初めてだった。
バックミラーの中で、“あれら”が追ってくる。
足音はしない。でも、確実に近づいてくる。
白い顔の群れが、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいた。
⸻
ようやく幹線道路に戻れたとき、車内には沈黙が落ちた。
三人とも、息を潜めるように座っていた。
だが、10分ほど走ったとき、ポニーテールの女性が言った。
「ごめんなさい…トイレに…行きたいんです」
仕方なく、小さなパーキングで車を停めた。
女性たちは「すぐ戻ります」と言い、トイレの建物へ入っていった。
──10分経っても、戻らなかった。
⸻
心配になった彼がドアを開けたとき、パトカーが一台、後ろからやってきた。
警官が二人、降りてきた。
「すみません、この時間におひとりで?」
「いえ、さっきまで…女性二人と一緒にいて。トイレに行ったまま…」
彼は事の一部始終を話した。
警官たちは懐中電灯を手に、トイレを確認したが、そこには誰もいなかった。
近くに彼女たちの姿はなかった。
他に利用者もいない。
「でも…バッグが…」
彼が車に戻ると、後部座席には、たしかに二人分のバッグがあった。
そのうちのひとつには、免許証が入っていた。
名前と顔写真。昭和っぽい微笑み。
警官が免許証を受け取ったとき、その場の空気が変わった。
「……これ、調べますね。少し時間ください」
数分後、警官の表情が固まっていた。
「この人、昭和55年に失踪した女性ですね。
たしか…車ごと行方不明になったと記録にあります」
⸻
地図を見返しても、「御形サービスエリア」はどこにも載っていなかった。
ナビの履歴にも残っていない。
彼がスマホで撮ったはずの建物の写真も、なぜか保存されていなかった。
残っていたのは、あの免許証と、乾いた恐怖だけだった。
⸻
この世のすべての施設が“この世のもの”とは限らない。
特に、昭和の匂いが残っている場所には、
いまだに“戻れなかった誰か”が、じっとこちらを見ていることがある。
⸻
では、また次の怪談で。
あなたの隣に乗っている人が、
“今”の人間だと、どうして言い切れる?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます