第五話:鳥居の先
神社って、安心する場所だと思ってる人、多いよね。
でもね、本当は“守るための結界”であって、
“外に出さないため”の場所だったりもするの。
こんにちは。アリスです。
今日はある神社の話。
そこは地図にも載ってなくて、名前もない。
でも、ある人が“たまたま”入り込んでしまったの。
⸻
会社帰りの男性。
その日は雨が降っていて、いつもの道が工事中だった。
仕方なく、ナビの案内通りに細い裏道を進んだ。
その途中、ふと見つけた鳥居。
住宅地のはずなのに、唐突に現れた神社の入り口。
鳥居は朱ではなく、白木でできていた。
くすんでいて、雨に濡れて鈍く光っていた。
なんとなく、引き込まれるように足が向いた。
⸻
石段は苔むしていて、滑りやすかった。
でも不思議と足が止まらなかった。
階段の先には、小さな本殿があった。
瓦が落ちかけていて、賽銭箱もなかった。
でも、その真ん中に、奇妙なものが立っていた。
それは“鏡”だった。
枠のない、縦に長い楕円形。
表面は曇っていて、姿は映らない。
でも、彼は確かに“自分がいる”のを見た気がした。
鏡の向こうに。
⸻
その日から、変なことが起き始めた。
スマホのカメラに、白い影が映り込む。
眠ると、夢の中に“もう一人の自分”が出てくる。
無表情で、無言で、じっと彼を見つめてくる。
朝起きると、服が濡れている日があった。
床には、泥の足跡。
誰かが、夜の間に“出入りしている”みたいだった。
でも鍵は閉まっていた。
窓も割れてない。
それでも確かに、誰かがいた。
⸻
耐えきれなくなって、彼はあの神社を探した。
でも見つからなかった。
何度同じ道を歩いても、鳥居が見つからない。
ナビも何も反応しない。
代わりに、夢の中で“白木の鳥居”が毎晩現れるようになった。
その先には、彼自身が立っている。
鏡の中から、こちらを見て、手を伸ばしてくる。
ある夜、とうとう夢の中で鏡に触れてしまった。
その日から、彼は変わった。
⸻
無口になった。
笑わなくなった。
会社にも顔は出すけど、同僚たちは「なんか違う」と口をそろえる。
ある日、彼の友人が自宅を訪ねた。
玄関を開けた彼は、笑って言った。
「やっと会えた」
でもその声は、彼のものじゃなかった。
もっと低くて、響くような声だった。
そして、その日を境に、本物の彼は行方不明になった。
警察が探しても、彼の痕跡は“その日から”途絶えていた。
残っていたのは、一枚の写真。
スマホの中に保存されていた、雨の日の神社の写真。
白木の鳥居の奥に、微かに写っていた。
“鏡”の中の、彼じゃない誰かが。
⸻
神社は、本当に見えるべき人にしか見えないことがある。
でも見えてしまったら、気をつけて。
鳥居は“入るため”じゃなく、“境界を分けるため”のものだから。
越えた先にいる自分が、今の自分と同じとは限らない。
⸻
では、また次の怪談で。
鏡を覗くときは、自分が覗き返されてること、
忘れないように。
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