第十一話 「ゴーレム、うごかす! エリア、たすける!」
工房の奥深く、埃っぽい静寂の中で、エリアーナとリクは、ただただ目の前の鉄の巨人を見上げていた。
シールド・ガーディアン。
祖父フィンブルが、孫娘であるエリアーナのために遺した、未完成の守護者。その金属の体は冷たく、動き出す気配など微塵もない。だが、エリアーナには、このゴーレムが単なる機械の塊ではないように思えた。祖父の愛情、期待、そして少しばかりの悪戯心が、この鉄の体に込められているような気がしたのだ。
隣で、リクがごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
見ると、小さなキツネ族の助手は、目をこれ以上ないというほど大きく見開き、キラキラと輝かせていた。その瞳は、先日カラクリ時計を発見した時の比ではない。憧憬、興奮、そして強い好奇心。あらゆる感情が、その黒い瞳の中で渦巻いているのが分かる。
「……すごい……かっこいい……」
リクは、まるで宝物でも見つけたかのように、まだ片言ながらも感嘆の声を漏らした。そして、おそるおそるといった様子でゴーレムの足元に近づき、その頑丈そうな金属の脚に、そっと小さな手を触れた。まるで、生きているものに触れるかのように、優しく、そして敬意を払うように。
エリアーナは、そんなリクの様子を黙って見ていた。
そうだ、リクはカラクリが大好きなのだ。こんな巨大で、複雑で、そして(おそらくは)素晴らしい性能を秘めたゴーレムを目の前にして、興奮しないわけがない。
やがて、リクは決意を固めたように、エリアーナを振り返った。その瞳には、先ほどまでの興奮とは違う、強い意志の光が宿っていた。
そして、彼は、はっきりとした声で言ったのだ。
「これ、うごかす!」
エリアーナは、リクの言葉に、はっと息を呑んだ。
動かす? この、祖父ですら完成させられなかったゴーレムを? 無茶だ、と思った。だが、リクの瞳は真剣そのものだった。
リクは、さらに言葉を続けた。自分の胸を指し、そしてエリアーナを指差し、最後に再びゴーレムを指差しながら。
「エリア、たすける! ゴーレム、うごかす!」
エリアを助ける?
そうか、祖父が言っていた。『エリアを守る盾となり、工房仕事を手伝う相棒になる』と。リクは、それを理解した上で、このゴーレムを動かしたい、と言っているのか? この、まだ言葉もおぼつかないような子供が?
エリアーナの心の中で、様々な感情が交錯した。
祖父への想い。忘れられていた愛情。未完成のまま放置してしまったことへの、微かな罪悪感。そして、目の前の小さな助手への、驚きと、信頼と、そして共感。
そうだ。このゴーレムは、祖父が私のために遺してくれたものだ。そして、リクは、それを動かしたいと、私を助けたいと、そう言ってくれている。
このまま、この鉄の巨人を眠らせておくのは、あまりにも勿体ない。祖父に対しても、そして、この目を輝かせているリクに対しても、申し訳がないじゃないか。
エリアーナは、迷いを振り払うように、リクの目を見つめ返した。そして、静かに、しかし力強く頷いた。
「……そうだな。動かしてやらなければ、お爺さんも浮かばれまい」
エリアーナは、まず自分に言い聞かせるように呟き、そして、リクに向かって、決意の笑みを浮かべた。
「それに、こんなすごいカラクリを、このままにしておくのは、私たちにとっても損失だ!」
エリアーナは、リクの小さな肩に、ポン、と手を置いた。
「よし、やろう、リク!」
その声は、自分でも驚くほど、明るく、力強かった。
「このシールド・ガーディアンを、私たちの手で動かすんだ!」
リクは、エリアーナの言葉に、一瞬、きょとんとした顔をした。だが、すぐに意味を理解したのだろう。その顔が、ぱあっと輝き、これまで見た中で、一番の、最高の笑顔になった!
「うん!」
力強い返事と共に、リクはぴょん、と軽く飛び跳ねた。その尻尾が、喜びを全身で表現するように、ぶんぶんと激しく振られている。
工房の片隅で、忘れられたように眠っていた鉄の巨人。
その巨大な体を前に、ハーフエルフの元聖職者と、キツネ族の小さな天才カラクリ師(の卵?)は、固く手(?)を取り合った。
新たな、そしておそらくは、これまでで最も困難で、最もワクワクするであろう挑戦が、今、始まろうとしていた。
工房に差し込む光が、二人と、そして眠れる守護者を、優しく照らし出していた。
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