第十二話 失われた制御核

「よし、やろう!」と威勢よく宣言したはいいものの、さて、何から手をつければいいのやら。

目の前には、埃をかぶった鉄の巨人、シールド・ガーディアン。エリアーナとリクは、この巨大な未完成品を前に、しばし腕組みをして(リクの場合は、短い腕を一生懸命組んで)考え込んでしまった。まるで、難解すぎるパズルを前にした探偵団、といった風情である。


「……とりあえず、現状把握、だな」

エリアーナは、気を取り直して言った。まずは、このゴーレムがどの程度「未完成」なのか、どこか壊れている部分はないか、それを調べなければ始まらない。


調査開始!

エリアーナは、元クレリックの知識を引っ張り出してきた。もちろん、神聖魔法でアンデッドを浄化するような派手なものではない。金属の状態や、内部に流れる(はずの)微弱な魔力の残滓を探る、地味な診断系の呪文だ。エリアーナが呪文を唱えると、彼女の手のひらが淡い青白い光を放ち、ゴーレムの表面をゆっくりと滑っていく。

「ふむ……外装の金属疲労は少ないな。内部構造も、見たところ大きな欠損は……」

光の反応を見ながら、エリアーナはぶつぶつと呟く。


一方、リクはというと、すでにゴーレムの足元に取り付き、小さなマイナスドライバーのような工具で、装甲の継ぎ目にあるパネルを器用に開けていた。そして、その小さな頭を突っ込むようにして、内部の複雑な配線(のようなもの。祖父の発明品なので、常識的な配線とは限らない)や、歯車の噛み合わせを、真剣な眼差しでチェックしている。時折、エリアーナには理解不能な専門用語(?)らしきものを「むー」とか「ふむふむ」とか言いながら、指でなぞっている。さすが、カラクリ好き。その集中力と技術は、もはや子供の域を超えているかもしれない。


エリアーナが魔力的な診断をし、リクが物理的な構造をチェックする。役割分担としては、悪くない。二人は、それぞれの得意分野を活かし、黙々と作業を進めた。

幸いなことに、ゴーレム本体には、致命的な損傷や欠陥は見当たらなかった。未完成ではあるが、基本的な構造はしっかりしているようだ。さすがは祖父フィンブルの仕事、というべきか。


だが、問題はそこではなかった。

「……やっぱり、これがないと……」

エリアーナは、ゴーレムの胸部、盾のような装甲の中央にある窪みを指差した。そこには、手のひらサイズの円形の何かがぴったりと収まるはずなのだが、今は空っぽのままだ。


「制御核(コントロール・コア)……お爺さんのメモには、『心臓のアミュレット』って書いてあったけど」

これこそが、ゴーレムの動力源であり、思考回路であり、命令を受け付けるための、いわば「魂」にあたる部分なのだ。これがなければ、どんなに頑丈な体が残っていても、ただの鉄の置物でしかない。


「どこかにしまい忘れたのかな……」

エリアーナとリクは、再び工房の大捜索を開始した。祖父が遺した、山のようなメモ書き、設計図の断片、意味不明な走り書きが記された羊皮紙の束……。それらを一枚一枚、埃と格闘しながらチェックしていく。

「『ゴーレムの関節油には、月光茸の胞子を混ぜると滑らかになる』……って、そんなことどうでもいい!」

「『試作型レーザー砲、出力調整失敗。壁に穴。修理費が……』これも違う!」

出てくるのは、祖父の奇行や失敗談ばかり。肝心のアミュレットのありかを示す記述は、どこにも見当たらない。形状や素材に関する、断片的な情報はいくつか見つかったが、それが今どこにあるのかが分からないのだ。


「……困ったな」

エリアーナは、完全に頭を抱えてしまった。リクも、さすがにしょんぼりとした様子で、尻尾を力なく垂らしている。


「そうだ、ドルダさんに聞いてみよう!」

エリアーナは、藁にもすがる思いで、工房を訪ねてきたドルダ(例の糸車のお礼だと言って、また黒パンと硬いチーズを持ってきた)に事情を話してみた。

「フィンブルのゴーレムのアミュレット? ああ、あの『心臓』とか言ってたやつかい?」

ドルダは、顎の髭を捻りながら、うーんと唸った。

「さあねえ……あの爺さんの考えることは、儂にもさっぱり分からんことが多かったからのう。大事なもんは、妙な場所に隠したり、変な謎かけをしたりするのが好きだったからねえ。まあ、頑張って探しな!」

あっけらかんと笑い飛ばし、結局、何の役にも立つ情報は得られなかった。やれやれ。


こうして、ゴーレム再生プロジェクトは、開始早々、動力源である「心臓のアミュレット」の捜索という、大きな壁にぶち当たってしまった。

アミュレットはどこにあるのか? 祖父は、一体どこに隠したのか?

手掛かりゼロ。捜索は、完全に暗礁に乗り上げてしまったのだった。

工房の隅では、シールド・ガーディアンが、依然として静かに佇んでいる。その鉄の巨人が、再び動き出す日は来るのだろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る