第十話 忘れられた守護者
町からの帰り道、エリアーナの心は妙に軽かった。リクという存在が、凍てついていた彼女の世界に、少しずつ確かな温もりをもたらしてくれている。工房に着き、買ってきたパンや野菜を棚にしまいながら、エリアーナはふと、あることを思い出した。
あの糸車騒動だ。
ドルダの持ち込んだお転婆マシンが暴走したせいで、工房の奥にあるガラクタ置き場――もとい、祖父フィンブルの遺した「発明の墓場」――が、とんでもないことになってしまい、まだまだ片付けが完全には終わっていないはずだ……。
「やれやれ、見て見ぬふりも限界か」
エリアーナは溜息をつき、埃よけのマスク(これも祖父の変な発明品の一つだ)を装着した。リクは、「なになに?」といった顔で、興味津々にエリアーナの後をついてくる。どうやら、工房の奥を探検できるのが嬉しいらしい。まあ、子供というのは、得てしてこういう薄暗くて埃っぽい場所が好きだったりするものだ。
工房の奥の部屋は、まさに「魔窟」という言葉がふさわしい空間だった。壁際には天井まで届きそうな棚がいくつも並び、そこには用途不明の歯車、曲がりくねったパイプ、割れたレンズ、謎の液体が入った瓶などが、所狭しと押し込められている。床には、作りかけのカラクリやら、失敗作の残骸やらが、無造作に転がっていた。祖父が亡くなってから、エリアーナもほとんど足を踏み入れていない、忘れられた領域だ。
「さて、どこから手をつけようか……」
エリアーナが途方に暮れていると、リクはもう探検を開始していた。ガラクタの山に小さな体を潜り込ませ、キラキラ光る金属片を見つけては嬉しそうにしている。まったく、猫かお前は。
「おい、リク、危ないものは触るなよ。変なスイッチを押すと、壁が爆発したりするかもしれないからな」
エリアーナが(半分本気で)注意すると、リクはこくりと頷き、それでも探検はやめない。
仕方なく、エリアーナも片付けを始めた。床に散らばった部品を箱に放り込んでいく。リクも、エリアーナの真似をして、小さな部品を拾っては箱に入れてくれる。思ったより、役に立つかもしれない。
しばらく二人で作業を続けていた時だった。部屋の隅の方で、リクが何か大きなものに突き当たったらしい。「ん?」というような声を上げて、エリアーナを振り返った。
そこには、床から天井近くまで届くような、大きな布がかけられた何かが、鎮座していた。人型のように見える。しかし、その大きさは尋常ではない。
「なんだ、これは……?」
エリアーナも、こんなものがここにあったとは、記憶になかった。祖父は、一体何を隠していたのだろう。
好奇心に駆られ、エリアーナはリクと協力して、埃まみれの布をゆっくりと引きずり下ろした。
そして、現れたものを見て、二人は息を呑んだ。
ゴーレムだ。
金属製の、しかし無骨というよりは、どこか丸みを帯びた、優しいフォルムの人型機械。身長はエリアーナより頭一つ分ほど高いだろうか。表面の金属はくすんでいるが、丁寧に磨けば鈍い輝きを放ちそうだ。胸部には盾のような装甲が取り付けられ、両腕には、まるで付け替え可能な工具を取り付けるためのような、いくつかのアタッチメントが見える。それは、威圧感よりも、むしろ頼もしさを感じさせる姿だった。
「……思い出した」
エリアーナは、呟いた。幼い頃の、遠い記憶が蘇る。
『エリア、見てみろ! お前のための、特別な守護者だぞ!』
そう言って、祖父が自慢げに見せてくれた、作りかけのゴーレム。
『こいつはな、お前を守る盾となり、わしの工房仕事を手伝う、最高の相棒になるんだ! 名付けて、シールド・ガーディアン!』
そうだ、これは、祖父がエリアーナのために作ってくれていた、特別なゴーレムだったのだ。だが、これもまた、祖父の他の多くの発明品と同じように、完成を見ることなく、この工房の奥で、長い間眠り続けていた……。
エリアーナは、そっとゴーレムの冷たい金属の体に触れた。埃の下には、祖父の愛情が込められているような気がした。
リクもまた、言葉もなく、ただただ感嘆の溜息を漏らしながら、その巨大な姿を見上げている。
しかし、よく見ると、ゴーレムはやはり未完成だった。いくつかの配線は接続されておらず、関節部分の動きも渋そうだ。そして何より、胸部の盾のような装甲の中央には、何か円形のものを嵌め込むための窪みがあるのだが、そこは空っぽのままだった。起動に必要な、心臓部とも言える部品が欠けているのだ。
工房の奥深くで発見された、忘れられた守護者。
祖父の想いが込められた、未完成の鉄の巨人。
それは、エリアーナとリクにとって、新たな、そしておそらくは最大の挑戦となるであろう「目標」が姿を現した瞬間だった。
この眠れる巨人を、果たして目覚めさせることができるのだろうか?
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