第八話 息ぴったり?修理大作戦!

やれやれ、引き受けてしまったものは仕方がない。

ドルダは、「じゃあ、頼んだよ!」とウィンクを残し、まるで大型の荷物でも運ぶかのように、例の『魔法の糸車』を工房の作業台まで、どっこいしょ、と運び込んだ。見た目は、古めかしい木製の糸車に、いくつかの歯車や、怪しげな水晶のようなものが取り付けられている、といった風情だ。なるほど、いかにも祖父フィンブルが好きそうな、ごてごてとしたデザインである。


「さて、と……」

エリアーナは、祖父が遺した膨大なメモの中から、この糸車に関する記述を探し出した。案の定、半分以上は意味不明の記号やら、走り書きの冗談やらで埋め尽くされている。まったく、あの祖父(じじい)は……。

一方、例の子供は、もう糸車の周りから離れない。目をキラキラと輝かせ、小さな指で表面を撫でたり、内部の歯車を覗き込んだりしている。その姿は、まるで最高のおもちゃを与えられたかのようだ。ドルダが置いていった黒パンとチーズのことなど、すっかり忘れているらしい。


「えーっと、ここの『妖精の涙』の結晶が曇ると、魔力の流れが悪くなる……らしいぞ」

エリアーナが、解読したメモの一部を読み上げると、子供はすぐにピンときたようで、エリアーナが薬草の手入れに使う柔らかい布をどこからか見つけてきて、糸車に取り付けられた水晶をキュッキュと磨き始めた。なるほど、飲み込みが早い。


「次は……ここのゼンマイの巻き具合が、うんぬんかんぬん……」

エリアーナが説明すると、子供は小さなドライバーを手に取り、器用にゼンマイを調整し始める。その手つきは、もうすっかり板についている。

エリアーナが指示を出し、子供が手を動かす。時々、子供がエリアーナの意図とは違う部品――工房のガラクタ箱から見つけてきた、別のカラクリの歯車――をはめ込もうとして、「こら、それは違う! 勝手なことをするな!」とエリアーナに叱られる場面もあったが、なぜかその方が噛み合わせが良かったりして、エリアーナが唸る、なんてこともあった。なんだかんだで、二人の息は(時々ずれながらも)合っているらしい。


そして、数時間後。

「……よし、これでどうだ!」

エリアーナが最後の調整を終え、起動スイッチ(もちろん、これも分かりにくい場所にある)を押すと……。

カタカタカタ……。

糸車は、静かに、そしてスムーズに動き出した! 投入口に入れた羊毛(ドルダが置いていったものだ)が、みるみるうちに綺麗な毛糸になっていく。


「やった!」

エリアーナが思わず声を上げた、その瞬間だった。

カタカタカタ……ガガガガガッ!

突然、糸車の回転数が異常に上がり始めた! まるで狂ったように高速回転し、投入された羊毛を凄まじい勢いで吸い込み、そして――工房中に、白い毛糸を猛烈な勢いで吐き出し始めたのだ!


「わーっ!」「きゃーっ!」

あっという間に、作業台の周りはふわふわの毛糸で埋め尽くされる。エリアーナは毛糸に足を取られて転びそうになり、子供は……あれ?

エリアーナが目をやると、毛糸まみれになりながら、子供はなんと、ケラケラと声を上げて笑っていたのだ!

「あはは! あははは!」

初めて聞く、鈴を転がすような、楽しそうな笑い声だった。


エリアーナは、その笑い声に、一瞬、呆気に取られた。そして、次の瞬間、自分もなんだかおかしくなってきて、思わず吹き出してしまった。

「ふふ、あははは!」

工房中に響き渡る、毛糸と、二人の笑い声。なんともカオスな状況だが、不思議と悪い気はしなかった。


「おーい、どうだい? 直ったかー……って、うわっはっはっは!」

ちょうどその時、様子を見に来たドルダが工房の扉を開け、中の惨状を見て腹を抱えて大笑いした。

「こりゃまた、盛大にやったねえ! さすがフィンブルのマシンだ!」


なんとかエリアーナが緊急停止スイッチ(これもまた別の隠しスイッチだ)を見つけ出し、糸車の暴走は止まった。三人は、毛糸の海の中で、ぜえぜえと息を切らす。

ドルダは、笑い涙を拭いながら、エリアーナの後ろでまだクスクス笑っている子供を見た。

「いやー、しかし、この賢い子は大物になるねえ! で、坊や、お名前は何て言うんだい?」


ドルダに名前を尋ねられ、エリアーナもはっとした。そういえば、まだ名前を聞いていなかった。

子供は、少しはにかみながら、しかし、はっきりと聞こえる声で、自分の胸を小さな指でとん、と叩いて言った。


「……りく」


「リク……?」

エリアーナは、聞き返した。初めて聞く、その響き。

リクと名乗った子供は、エリアーナの顔を見上げて、こくりと力強く頷いた。その瞳は、真っ直ぐで、少し誇らしげだった。


エリアーナは、胸の中に温かいものが込み上げてくるのを感じながら、優しく、そしてはっきりと、その名前を呼んだ。

「ありがとう、リク。……助かった」


リクは、名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、照れたように顔を赤らめ、俯いてしまった。だが、その尻尾は、喜びを隠しきれないように、ゆっくりと、しかし嬉しそうに揺れていた。


工房には、まだ毛糸の匂いと、少しだけオイルの匂いが残っている。だが、それ以上に、確かな絆と、温かい笑いの余韻が満ちていた。

ドルダは、そんな二人の様子を、満足そうに、そして優しく見守っていたのだった。

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