第六話 ハーブ畑で宝探し
まるで、あのカラクリ時計が動き出したのを祝福するかのように、空は久しぶりに機嫌の良い顔を見せていた。何日ぶりだろうか、こんなにすっきりと晴れ渡った青空を見るのは。窓から差し込む陽光は暖かく、工房の中に溜まっていた湿っぽい空気を追い払ってくれるようだ。
「ふぅ……」
エリアーナは、大きく伸びをした。不思議なもので、空が晴れると、あの忌々しい足の痛みもいくらか和らぐ気がする。もちろん、呪いが消えたわけではないのだが、気分的なものだろうか。それとも、昨日の出来事――あの時計が動き出したこと、そして、小さな同居人と心を通わせた(ような気がする)こと――が良い影響を与えているのかもしれない。
「よし、今日は庭仕事でもするか」
思い立ったが吉日、とばかりに、エリアーナは古びた麦わら帽子(これも祖父の置き土産だ)を引っかけると、庭へ続く扉を開けた。
庭、といっても、手入れを怠っていたせいで、半分以上は雑草に覆われた薬草畑、というのが実情である。それでも、生命力の強いミントやカモミールは元気に葉を茂らせているし、隅の方では、エリアーナが種から育てている月見草(ルナリア)が小さな蕾をつけていた。
エリアーナが鎌を手に雑草を刈り始めると、いつの間にか、あの子もそばに来ていた。土や草の匂いが珍しいのか、あるいはエリアーナのすることが気になるのか、小さな鼻先を地面に近づけて、熱心にくんくんと匂いを嗅ぎ回っている。その尖った耳が、周囲の音を拾うようにぴくぴくと動いているのが、なんとも可愛らしい。
「手伝ってくれるのか?」
エリアーナが声をかけると、子供は顔を上げ、こくりと頷いた。そして、エリアーナの真似をするように、小さな手で一生懸命に雑草をむしり始めた。もちろん、どれが薬草でどれが雑草かなんて、分かりはしないだろう。エリアーナは苦笑しながらも、「それは違う、こっちだ」などと、簡単な指示を与えた。
二人での共同作業は、思ったよりも捗った。エリアーナが鎌で刈り、小さな助手が後からついてきて、刈られた草を集める。そんな連携プレーが、自然と出来上がっていた。
しばらく作業を続けていた時だった。突然、彼が、薬草畑の隅にある、苔むした石の近くで立ち止まった。そして、まるで何か重要な発見でもしたかのように、真剣な顔つきで地面の匂いを嗅ぎ始めたのだ。その集中力は、カラクリ時計をいじっていた時と同じくらい凄まじい。
「どうしたんだ?」
エリアーナが尋ねても、子供は返事をせず、くんくん、くんくんと一点に集中している。やがて、確信を得たように、おもむろに前足――いや、手か?――で、その場所の土をカリカリと掘り始めた。
「おいおい、何を……」
エリアーナが止めようとした瞬間、土の中から、それは現れた。
きのこ、だ。
だが、ただのきのこではない。傘の部分が、まるで磨かれた宝石のように、淡い虹色の光を放っているのだ! 赤、青、緑、黄色……光の加減で、その色彩はゆらめくように変化する。大きさは親指の頭ほどしかないが、その存在感は圧倒的だった。
「こ、これは……『七色しずく茸』じゃないか!」
エリアーナは、思わず声を上げた。古文書でしか見たことのない、幻のきのこだ。極めて希少で、その胞子には万病に効くとさえ言われる(真偽は定かではないが)薬効成分が含まれているという。まさか、こんな自分の庭に生えているとは!
「すごいぞ! よく見つけたな!」
エリアーナは興奮気味に子供の肩を叩いた。子供は、自分が何かとんでもないことをしでかした(良い意味で)のを理解したのか、少し驚いたような顔をしながらも、得意げに胸を張ってみせた。その尻尾が、誇らしげにピンと立っている。
「お手柄だな! これは、何かお礼をしなくては」
エリアーナは、丁寧に七色しずく茸を収穫すると、子供の手を引いて工房に戻った。そして、戸棚から小麦粉と砂糖を取り出すと、にやりと笑った。
「よし、今日は特別だ。ハーブクッキーを焼いてやろう」
庭で摘んだばかりのミントとレモンバームを細かく刻み、生地に混ぜ込む。工房の中に、バターと砂糖の甘い香りと、ハーブの爽やかな香りが混じり合って漂い始めた。子供は、オーブン(もちろん、これも祖父の作った魔導式だ)の前から離れず、ガラス越しにクッキーが焼けていく様子を、目を輝かせて見つめている。
やがて、こんがりと焼きあがったクッキーをテーブルに並べると、二人は向かい合って座った。
「熱いから気をつけろよ」
エリアーナが言うと、子供はこくりと頷き、小さな手でクッキーを一つ掴み、サクリと音を立てて齧った。その顔が、ぱあっと明るくなる。
エリアーナも一つ、口に運ぶ。サクサクとした食感と、優しい甘さ、そして鼻に抜けるハーブの香り。自分で言うのもなんだが、なかなかの出来栄えだ。
言葉は少なくとも、穏やかで、満たされた時間が流れていく。窓の外では、鳥がさえずり、庭の薬草が風に揺れている。
――悪くない。こんな時間も、悪くないな。
エリアーナは、心の中で静かに呟いていた。凍てついていた心が、温かいクッキーのように、少しずつ解けていくのを感じながら。
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