第五話 チクタク、カチッ!

朝の光が、工房の埃っぽい窓ガラスを通して、斜めに差し込んでいる。

エリアーナは、いつものように朝の薬草茶――今日は気分を変えて、少しだけ気付け効果のあるミントを多めにブレンドしてみた――を淹れていた。工房の中はまだひんやりとしているが、薬草の爽やかな香りが立ち上り、少しだけ気分がしゃんとする。


さて、あの小さな居候は、まだ例の時計の前で格闘しているのだろうか。昨夜も遅くまで、カチャカチャと小さな金属音を響かせていたようだが。まあ、子供の集中力なんて、たかが知れている。そろそろ根負けするか、あるいは眠気に勝てずにどこかで丸まっている頃だろう。


そう思って、工房の奥へ続く扉に目を向けた、その時だった。


「……ん?」


耳慣れない音が、微かに聞こえてくる。

カチリ、カチリ……。

規則正しい、小さなリズム。それは明らかに、あの「びっくり箱時計」の音だった。

まさか。

エリアーナは、淹れたばかりの薬草茶のカップを思わず置き、足を引きずりながらも急ぎ足で工房の奥へと向かった。


時計の前に立って、エリアーナは息を呑んだ。

あの子が、時計の前に座り込んでいる。その顔には、満足感と誇らしさが浮かんでいた。目の下にはうっすらと隈ができているから、どうやら本当に徹夜でもしたらしい。だが、そんな疲れなど微塵も感じさせないほど、その黒い瞳はキラキラと輝いていた。


そして、時計は――動いていた!

あの、祖父フィンブルですら完成させられなかったカラクリ時計の、長い秒針が、ぎこちないながらも、確かに一秒、また一秒と、時を刻んでいたのだ!


「……動いてる……」


エリアーナは、呆然と呟いた。信じられない光景だった。

だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。

エリアーナが見ている前で、時計の文字盤の上部にある、あの小さな扉が、カタン、と音を立てて、ほんの少しだけ開いたのだ。そして、その隙間から、木彫りの小鳥の頭が、ちょこん、と顔を覗かせた! すぐに引っ込んでしまったが、確かに、あの「びっくり箱」の仕掛けが、ほんの僅かだが反応したのだ!


「やったのか……? 本当に?」


エリアーナは、興奮気味に子供に声をかけた。

子供は、エリアーナの声に、満面の笑みで振り返った。そして、背後で、ふわふわの茶色い尻尾が、喜びを隠しきれない様子で、ぶんぶんと左右に振られている。まるで、飼い主に褒められた子犬のようだ。


「すごいじゃないか! 本当にすごい!」


エリアーナは、思わず駆け寄り、子供の肩を掴んでいた。その小さな肩から、熱気のような達成感が伝わってくる。

「よくやったな!」

エリアーナは、心からの称賛を込めて、子供の柔らかい髪――狐色の耳の付け根あたり――を、わしゃわしゃと撫でた。

子供は、突然のことに驚いたように少し身を硬くしたが、すぐに心地よさそうに目を細め、はにかむように俯いた。そして、小さな手が伸びてきて、エリアーナの着ているローブの裾を、ちょん、と指先で掴んだのだ。


言葉はない。

だが、その仕草だけで、十分に気持ちは伝わってきた。嬉しい、と。誇らしい、と。そして、エリアーナに褒められたことが、何よりも嬉しいのだ、と。


カチリ、カチリ……。

工房には、時計の刻む、新しい音が響き続けている。それは、止まっていた時間が再び動き出した証のようでもあり、あるいは、孤独だった二人の間に生まれた、温かい絆の音のようでもあった。

エリアーナは、ローブの裾を掴む小さな手の温もりを感じながら、久しぶりに、心の底から晴れやかな気持ちになっている自分に気づいていた。

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