第四話 お爺ちゃんのびっくり箱時計

いつの間にやら、あの小さな訪問者の興味は、壊れた鳥のカラクリから別の獲物へと移っていたらしい。

エリアーナが薬草の分類作業をしている間、あの子は工房の隅にある、埃をかぶった大きな柱時計のようなものに、すっかり夢中になっている。いや、ただの柱時計ではない。これもまた、エリアーナの祖父、フィンブルが遺した、いかにも彼らしい代物なのだ。


高さは子供の背丈ほどもあるだろうか。オーク材で作られたらしい重厚な見た目に反して、文字盤の周りには奇妙な動植物の彫刻が施され、長針と短針の先には、なぜか小さな宝石(もちろんイミテーションだろうが)がきらめいている。そして最大の特徴は、文字盤の上部に設けられた小さな扉だ。祖父のメモによれば、この時計、正確な時刻を刻むだけでなく、正午と真夜中になると、その扉から木彫りの小鳥が飛び出してきて、可愛らしい声で歌う――はずだった。


そう、「はずだった」のだ。

この「びっくり箱時計」、祖父フィンブルの晩年の作品の一つで、彼自身、完成を目前にして亡くなってしまった、いわば未完成の遺作なのである。エリアーナも子供の頃、動くところを見てみたいとせがんだ記憶があるが、祖父はいつも「うーむ、ここの歯車の噛み合わせがどうも……」などと頭を捻っていた。天才アーティフィサーと呼ばれた祖父ですら、完成させられなかったシロモノなのだ。


「……まあ、せいぜい頑張ることだな」


エリアーナは、時計の前にちょこんと座り込み、小さな工具(もちろんこれも祖父のお下がりだ)を手に格闘している子供の背中を眺めながら、心の中で呟いた。どうせ、すぐに飽きるか、あるいは手に負えないと悟るだろう。そう高を括っていた、のだが。


あの子は、違った。

驚くべき集中力である。小さなドライバーでネジを回し、ピンセットで細かい部品をつまみ上げ、祖父が愛用していた度の強いレンズ付き眼鏡――子供には大きすぎるが、気にせず使っている――で、時計の内部構造を食い入るように覗き込んでいる。その真剣な横顔は、まるで熟練の職人のようだ。まあ、見た目はただのふわふわの耳と尻尾を持つ子供なのだが。


時折、彼は時計から離れ、工房の中をうろうろし始める。そして、棚に積まれたガラクタの中から、何やら使えそうな金属片や、どこかの機械から外れたらしい小さなバネなどを見つけ出しては、時計のところに持ち帰り、内部の部品と見比べている。どうやら、失われたり壊れたりしている部品を、何か別の物で代用できないかと、試行錯誤しているらしい。なるほど、発想力が豊かというか、無茶というか。


「ふふ…」


エリアーナは、思わず笑みを漏らした。その姿が、かつての自分と少しだけ重なって見えたからだ。クレリックになるずっと前、まだ祖父が生きていた頃、エリアーナもこうして工房で祖父の手伝いをしていた時期があった。設計図通りにいかないと癇癪を起こす祖父をなだめたり、足りない部品を探しに町へお使いに行ったり。あの頃は、工房がもっと賑やかで、魔法やカラクリに満ちた、楽しい場所だった気がする。


諦め半分だった気持ちが、いつの間にか、ほんの少しの期待と、温かい気持ちに変わっていた。

「頑張れよ」と、声に出さずにエールを送る。たとえこの子が、祖父と同じようにこの時計を完成させられなかったとしても、こうして何かに夢中になっている姿を見るのは、悪くない。むしろ、止まっていた工房の時間が、この小さな歯車によって、再び動き出したような気さえするのだから。


エリアーナは自分の作業に戻った。工房には、薬草を刻む音と、子供が時計の部品をいじる、カチャカチャという小さな金属音だけが響いていた。それは、奇妙に心地の良い、二人の日常の音だった。

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