第一話 花と石 四

 ジーマンの鑑定室を出た後、アリアーネのところに行って冒険者口座から預入金あずけいれきんの一部を引き出したので、ギルドを出た時には昼の少し前になっていた。

 ギルドから南門まで伸びる大通りには、朝にはなかった大小さまざまの出店でみせのきを連ねており、その大半が顔見知りなので歩いているとそこかしこから声がかかる。

「クリスティエ、今日は干し肉のいいやつが入っているぜ」

「本当だ。いい感じに脂が入ってるね。足を一本ください」

「クリスティエちゃん、よく乾いた魚があるよ。見ていっておくれ」

「クレマ湖のギスですか。前に食べたのが美味しかったから三匹お願い」 

 彼女は声がかかった店に寄って、品物を吟味してから購入した。

 ここに店を構えて長い者は皆、彼女が家の買い出しを一手に引き受けていることを知っているので、ママや妹が大通りを歩いていても声をかけない。

 というより、クリスティアはお金を持ち歩いていないし、下手をすると必要なものを途中で拾いかねない。

 クリスティネは日常的なことに全然興味がない上に、変に関心を引いて品質鑑定されると厄介なことになる。

 クリスティエは、行商人たちが生活のためにある程度の利益を上乗せしていることを了解しているし、長い付き合いの中で貸し借りが均衡すれば問題ないとしている。

 逆に、ぽっと出の店が明らかなぼったくりを仕掛け、帰宅後に鑑定してその事実が判明した場合には、声がかかってもその店には見向きもしなかった。

 そのため、自然と「クリスティエの買う店ならば安心安全」という評価がなされるようになっており、 店にとってもクリスティエの扱いは、売り上げを左右する極めて重要な要素になっている。

 そこで、店側も品質に自信がない時には声をかけなかった。

 また、クリスティエは常に三人分しか買わないので、直接的な利益はさほど大きくなかったが、彼女が買った後の売り上げが激しく伸びるので、クリスティエには商品の一番良いところを提供するのが習わしになっている。

 さっきの肉屋と魚屋にも既に客が集まり始めていたが、クリスティエは自分が市場の健全化と優良事業者の経営安定化に貢献していることに、全く気がついていなかった。

 なぜなら、誰もそのことをクリスティエには伝える気はなかったし、伝えたことで彼女が恐縮して買い物を控えることを恐れていたからである。


 一通り保存食料を買い込むと、彼女はいつもの串焼きを売る屋台に足を向けた。

「エリアさん、いつものをお願いします」

「毎度有難うね、ティエちゃん」

 店主のエリアは鋼鉄アイアン級元冒険者で、初めて拾い物をした母をギルドまで連れて行ってくれた大恩人である。

 体力的に冒険者を続けることが難しくなって串焼きの店を開いたが、その時からずっと常連客として通っている。

 先日、

「冒険者をやっていた時よりも稼ぎがいいのだから、まったく有難いよ」

と言われたが、クリスティエにとってはエリアの存在が有難かった。

 なにせ、他の人には言い難いことも彼女になら話せる。

 香ばしく焼かれた肉の串焼きを頬張りながら、クリスティエはギルドマスタからの質問をエリアに伝えた。

「ギルマスから、ここで冒険者になるよりも王都の学院に行ったほうがいいんじゃないかって言われているんです」

「ああ、そうなんだ。私もそう思うよ」

 エリアの答えはいつも単純明快だ。

 クリスティエは彼女に尋ねた。

「どうしてそう思うんですか」

「だって、二人とも生まれ持った立派なスキルがあるじゃないか。私には簡単な気配察知のスキルしかなかったから、鋼鉄級止まりだったけどさ。ティエとティネならば学院で勉強すれば、宮廷勤めすることだって夢じゃないじゃない? そういう素質を持っているんだから、それを世のため人のために使うのは義務ってもんだよ」

「義務ですか」

「義務だね。けど、そんなに難しく考える必要はないよ。学院に行かずに中央ギルドで活動しても、似たような結果になるはずさ。どこだって、二人は必ず社会に貢献する人に成長するはずだし、冒険者になれば金剛ダイヤモンド級の可能性だってなくはない」

「そんな、私たちが金剛級だなんて」

「可能だよ。まあ、金剛級には実力を発揮する場に恵まれないとなれないから、運の要素もある。だから断言まではしないけどさ。私だって冒険者時代にいろんな奴を見てきたし、こうやってギルド前で屋台をやってからもいろんな奴を見てきた。その私が言うんだから、可能性があることは間違いないよ」

 そう言って彼女は、頬に大きな傷が残る顔で笑う。

 そして、斜め上を眺めつつ顎に手を当てて、こう続けた。

「それに、あんたたちのママは、とっくの昔にそのことに気がついていると思うけどね」

「ママが何か言ってたんですか」

 クリスティアは、町に来ると必ずこの店に立ち寄る。

 ここの食べ物は拾えないし、支払いをギルドの口座扱いにしてくれるので、彼女にとっては便利な場所だからだ。

 エリアは気持ちの良い大きな笑顔を浮かべて、言った。

「言ってないよ。でも、そういうことは自然とわかるもんなのさ」

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