第一話 花と石 三

「ティアが散歩中に、最上級ポーションの材料になる花と石を拾ったと。ほほう」

 ガストンの眉が大袈裟おおげさに上がる。

「つまりは、最上級ポーションが必要になる事態が発生するということだな。そして、ティネは極上とは言わなかったんだな」

「妹は、最上級と言ってました」

「ふむ、そうか。分かった。心構えはしておくぜ」

「いつも有り難う、ギルマス」

「そいつは俺の台詞だぜ、ティエ。お陰で緊急事態の時に慌てずに済む」

 そう言って目を細める彼を見ていると、もと黄金ゴールド級冒険者であることを忘れそうになる。

 黄金級冒険者には中央ギルドから尊称が与えられることになっており、彼の『黒楯ベグ・バダン』という尊称は、王都にまで鳴り響いていたらしい。

 しかし、クリスティエにとっては、ただの気のいいおじさんだった。

 その”ガストンおじさん”が、応接用のソファから前に身を乗り出して、言った。

「ところで、うちの冒険者になるという考えは変わっていないのか?」

「はい、変わってないです」

「そうか。まあ、俺が言うのもなんだが、お前たちはこんな田舎のギルドで埋もれてよい人材ではないんだけどな。ティアの伝手つてを使えば、王立学院に入学することだって夢じゃないだろ?」

「そんなことは……」

 ない、と言いかけたところで、ガストンの真剣な眼差しに気がつく。

 クリスティエは軽く息を吐いてから、言った。

「ママの力を借りるのは、違うと思う」

 そのまま、クリスティエとガストンはお互いの目を見つめ合う。

 ガストンが先に表情をやわらげた。

「お前ら、本当に似てるのな。ティネも前に聞いたらお前と同じことを言っていたぜ」

 ソファに背中を預け、やれやれという感じで言う。

 クリスティエは苦笑した。

 ガストンが二人の今後について真剣に考えてくれていることは、”あっち”のアリアーネから聞いている。

 そして、それがクリスティアの貢献度によるものではないことが、素直に嬉しい。

 ママの特殊な能力は確かに凄いものだが、それに安易に依存してはいけないように思うし、ママ自身、必要以上に使わないようにしているところがある。

 直接聞いたことはないが、それで間違いはないだろう。

 ガストンも小さく苦笑して、言った。

「そういや、鑑定士が困っていたぜ。ティネが最近顔を出さないってよ」


 *


 ギルドで鑑定士を務めているジーマンは、泣きそうな顔をしていた。

「クリスティネが来ないと、特殊品の鑑定が全然進まないんですよ。彼女は今、忙しいんですか?」

「まあ、忙しいといえばそうなんだけど」

 クリスティエは目を泳がせる。

 そういえば、妹はしばらく新しい魔道具の開発に専念していた。

 それにはクリスティエも一枚噛んでおり、魔道具が画期的すぎてギルドのことはすっかり忘れていた。

 となると、しばらくの間、ジーマンはアルドレイア・ギルドの鑑定を一人で行っていたことになる。

 そして、それはアルドレイア・ギルドの特殊性を勘案すると、実に可哀そうなことだった。

 鑑定というのは、全く知らないものの価値が分かるわけではない。

 前に見たことがあるものを基準にして、そこから価値を判断する能力だ。

 だから、普通ならば鑑定士に弟子入りして、初めての品についての鑑定ポイントを師匠に学びながら一人前になる。

 つまり、場数が重要なのだ。

 その場数を、クリスティネは母の拾いもので積んできた。

 上級品の鑑定に慣れると、それ以下の品質のものは自然と鑑定できるようになるし、クリスティネはそれこそ極上の品ばかりを日常的に見ていたので、尋常ではない経験値を稼いでいる。

 しかも、ギルドの専属鑑定士は鑑定の正確性を担保するために、鑑定する品の専門分野を分けることがあるが、妹はオールラウンダーだ。

「ここに来てから、かなり珍しいものをいっぱい見ているけれど、まだ足りないんです。私だって王都のギルドで鑑定主任まで任せられた人間なんですよ。それなのに、ここでは見たことがないものが次から次へと出てくる」

 すみません、それ、うちのママの拾い物です—―そう言いたいところだが、鑑定の公平性を担保するために、発見者の名前を秘匿するのがギルドの定めだ。

 ギルドに職員として登録していない、それ以前に発見者の身内であるクリスティネが鑑定することは、最大級の掟破りだったが、そうしないと鑑定に膨大な手間がかかるために仕方なくやっている。

 ジーマンは、アルドレイアに着任した時点でギルマスからクリスティネを『謎の凄腕鑑定士』と説明され、「納得がいかない」と言って鑑定勝負を申し出て、ぼろ負けした。

 しかも、業務を始めてみると次から次へと自分の鑑定経験では対応不可能なレア・アイテムが日常的に持ち込まれる。

 ママの拾い物がまとまった量になると、アリアーネが家に引き取りに来るからだ。

 引き取り時にクリスティーネが鑑定を終わらせていれば話は簡単なのだが、ギルドの規程により、一定レベル以上のレア・アイテムの売買には闇取引を制限するための措置(あるいはギルドの権益を守るための措置)として、ギルドに正式登録された鑑定士の”証明”付き書類の添付が必要とされている。

 そして、証明術式の実行はギルドの鑑定室でしかできない。

 術式の中に場所の記載が含まれるからだ。

 したがって、ジーマンが鑑定ができすにアイテムを山積みにさせていると、ときおりクリスティネが鑑定室にやってきては、眼前でたやすく鑑定してのける—―それが何度も繰り返された結果、彼はとうとうクリスティネの軍門に下った。

 王都の中央ギルドにもギルマスが『謎の凄腕鑑定士』と説明しており、然るべき筋からも口利きをしてもらっていたが、普通は認められないことだった。

「なんなんですか、ここは? 私にどうしろというのですか?」

 そこまで早口でまくし立てると、ジーマンは泣き出してしまった。

 中央から派遣された鑑定士が必ず通る試練で、ここを乗り切ればどんなギルドでも通用する抜群の人材になるのだが、自信を根底からくつがえされて嗚咽おえつする姿は、いつ見ても忍びない。

 ましてや、その原因は自分のママと妹である。

「ジーマンさんはよくやっていますよ。もっと自信持ってください」

 そう言って、年齢が自分の二倍以上の大人を慰めながら、クリスティエは心の手帖に、

「クリスティネをギルドに派遣すること。至急」

と書き込んだ。

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