第一話 花と石 二

 次第に、防護壁に開いた南門が大きくなってゆく。

 クリスティアの朝の散歩は日の出直後から始まり、二の刻ほどで終わる。

 それから一の刻ほど経過しているから、もう町の門は往来する人々でごった返していた。

 人波に紛れて防護壁の南門を潜ろうとしたところで、門番のカシウスに小声で注意された。

「クリスティエ、顔に出てるぞ」

 おっと、そうだった。

「ごめんごめん、ちょっと考え事してた」

「まったく、今日は外からのお客さんが多いから、気をつけてくれよ」

「わかった。ところで、今日は町で何かあるの?」

「王都からの討伐応援だよ。ギルドの掲示板に出てただろう?」

「しばらく家で作業していたから見てない」

「そうか。ともかく、有象無象がたむろしているから注意しろよ」

「はいはい」

 彼女はそっけなく対応する。いつものことだからだ。

 彼女が首を傾げながら門を潜る時は、クリスティアが何かとんでもないものを拾った時であるから、それを見た者が良からぬことを企まないとも限らない。

 というより、前例は豊富にあったから、門番からたびたび注意された。

 最初のうちは、

「私たちを心配してくれているのだな」

 と思い、有難く思って頭を下げていたのだが、

「盗人が可哀想だし、後始末が大変だから」

 ということだと気がついてからは、雑に対応することにした。

 普段ならば右手を上げて、そのまま通り過ぎるところである。

 それにしても、町の住民は私たち三人をなんだと思っているのだろう。

 盗みに入るほうが悪いのだし、二度と不埒なことを考えられないようにしているだけのことだ。

 たまに防護壁の一部が壊れることもあるが、それだけで済んでいる。

 誰も死んではいないし、町も大破していない。

 そのための出力調整は本当に大変なのだから、感謝してくれてもよいのではなかろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、クリスティエはいつの間にか中央広場に着いていた。

 ギルド本部の建物は中央広場の西側にある。

 朝、玄関は日の出に照らされて神々しく輝いており、早めにクエストを受注したいパーティーが列をなして雑談している。

 夕方、玄関は逆光となり陰鬱な雰囲気を醸し出しており、クエストに苦戦して遅くなったパーティーが、項垂れながら中に入ってゆく。

 ギルドの玄関が『天国の門』『地獄の門』と呼ばれている所以ゆえんである。

 クリスティエは、既に太陽は高く昇り、『天国』とはいいがたくなったギルドの玄関から中に入った。

 内部は円形のホールになっていて、入り口側の半分の壁には依頼の張り紙が掲示されている。

 円の直径には受付カウンターが並んでおり、受付嬢たちが笑顔で事務を行っていた。

 受付カウンターの中央には天井まで伸びる柱があり、冒険者のレベル測定に使われる判定機が設置されている。

 なにもこんなに目立つところに置かなくてもよいのに、といつものようにクリスティエは思い、同時に自分と妹が判定機を使った時の騒動を思い出して、表情が渋くなった。

 上を見上げる。

 判定機の最高表示板の上、天井との境目のところが焦げており、それでクリスティエの眉がさらに曇る。

 その様子を見ていたのだろう。

 受付嬢の中でも古参――それでも三十代前半の落ち着いた雰囲気とまだまだ第一線の美貌を誇る、アリアーネが静かに近づいてきて言った。

「おはよう、クリスティエ。ギルマスは執務室よ」

 相変わらず優秀だ。

 無駄なことは殆ど言わない。

 それなのに「ホールの真ん中に突っ立っていると目立って仕方がないので、さっさと執務室に行きなさい」という意味が確実に伝わってくる。

 クリスティエは、”こっち”のアリアーネが苦手だった。

「有難う、アリアーネ」

 クリスティエは簡単に礼を言うと、三階にあるギルドマスタの執務室に向かうために階段を登った。

 階段は円形のホールの壁に沿って設けられており、受付の上を通る。

 そのため、冒険者になりたてらしい三人の若者が、受付にいるのが見えた。

 剣士と槍使いらしい少年二人が談笑する前で、魔法遣いらしい少女が受付嬢の話を真面目な顔で聞いている。

 その少女が振り向いて何かを言うと、剣士と槍使いは手を振りながら申し訳なさそうな顔をした。

(ちゃんと注意事項を聞きなさいよ)

(悪い、悪い)

 頭の中でそんな台詞を再生し、クリスティエは微笑むと共に、最近よく考えることを思い出した。

 冒険者の資格は十五歳以上でないと取れない。

 そして、クリスティエとクリスティネは、もうすぐ十五歳になる。

 これまでもギルドには頻繁に出入りしていたので、冒険者登録をしたからといって日常的な行動は何も変わらないだろうが、意識は変える必要があるだろう。

 そんなことを考えているうちに、執務室の前に着いた。

 ドアを叩き、

「クリスティエです」

 とおとないを告げる。

 すると、中から落ち着いた男性の声がした。

「おう、ティエか。入んな」

 親しい友人は彼女を略称で呼ぶ。

 彼女がドアを開けると、窓際の大きな机の向こう側に座っていた机が小さく見えるほど大きな男が、さらに大きく見えるほどに手を広げ、大きな笑いを顔に浮かべて出迎えてくれた。

「今日はどうした。いつも通りのやばい話か?」

 実に楽しそうに剣呑な質問をしてくるこの男が、ギルドマスタのガストンだった。

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