第一幕 地方都市
第一話 花と石 一
「見て見て、今朝これが道に落ちていたの」
日課になっている朝の散歩から帰って来て早々、ママのクリスティアが玄関先でそう華やかな声をあげたので、長女のクリスティエは眉を
そういえば昨日、同じく日課になっている夕方の散歩の途中でママは花を拾って、
「見て見て、綺麗なお花が道に落ちていたの」
と言いながら、食卓の上にそれを置いた。
白くて大きな花弁の中に、細長い黄色の雄しべと雌しべ—―確かに優雅な花だったが、その辺の野辺に自生している種類の植物ではなかったし、自然に落ちていたものにしては茎の切断面が綺麗だった。
これはただの野花ではない――そう判断したクリスティエは、妹のクリスティネに言った。
「鑑定してくれる?」
「わかった」
クリスティネは机の上に置かれた花に両手をかざす。
そして間をおかずに言った。
「アリステアの花だよ。最上級の体力回復ポーションの素材になる。だから、凄く高い」
「やっぱり」
クリスティエはため息をついた。
生の花は長持ちしない。
だから、次の拾い物はすぐにあるはずだ。
そう確信したが、翌日の朝に早速拾ってくるとは展開が早い。
クリスティアは目を輝かせながら、緑の月後半の朝特有の爽やかな風と共に家に入ってくると、手に持っていたものを机の上に置いた。
濃い青色の石。
クリスティエはクリスティネのほうを見て言った。
「どう?」
クリスティネは机の上に置かれた石に両手をかざす。
そして、やはり間をおかずに言った。
「聖石だよ。しかも濃い青だから、最上級の体力回復ポーションの素材になる。つまり、凄く高い」
「やっぱり」
もはやお約束のやりとりである。
しかも、連続して関連のあるアイテムを拾ったということは、換金用ではなくイベント用で確定だ。
クリスティエとクリスティネはお互いにうなずき、妹は聖石に手を伸ばす。
ふんふんと可愛いい鼻息を漏らしながら、いそいそと聖石を加工するために工房に去ってゆく彼女の背中を見つめながら、クリスティエは言った。
「ママ、ちょっとギルドに行ってくる」
「はあい、気をつけてねぇ」
*
三人が住んでいる家は、町から少しだけ離れた南の森の中にある。
五十年ほど前、非常に強い魔力を持った魔法遣いが新作魔術の実験中に近隣住民を巻き込むことがないように、町から離れたここに家を建てたという。
赤い扉を開いて玄関を出ると、クリスティエは振り向いて自分たちの家を眺めた。
白い石造りの堅牢な外壁に茶色の陶器瓦が載った屋根という、落ち着いた外観。
外壁には蔦が繁殖していて、三分の二ほどを覆っている。
一階には玄関から続く台所兼リビングと、その奥に寝室。
二階には書庫を兼ねた書斎。
母屋から渡り廊下でつながっている、魔法道具を作るための工房。
魔術の実験用だからだろう。
いずれの部屋も天井が高く、低いほうの窓と高いほうの窓が付いているので、外から見ると四階建てと二階建ての親子の塔のように見える。
リビングと寝室はクリスティア、書斎はクリスティエ、工房はクリスティネが主に使っており、書斎と工房にも簡単な寝台があった。
各々が別々に寝ることもあるし、全員が寝室で揃って寝ることもある。
いかにも三人家族が自由自在に使うために作られたかのような家だったが、魔法遣いは最後まで独身だったというから、意味が分からない。
そして、魔法遣いの死後は誰も住んでいなかったところを、母が『拾った』らしいのだが、これもよくわからない。
普通、家は拾えるものではないし、拾ったと言って勝手に使うと後々面倒なことになりそうなものだが、クリスティアの場合は違った。
「なんかぁ、玄関扉が風で揺れていたのね。それで、誰かが中にいるのかなあと思って入ってみたのよ。そうしたら手紙が落ちていたの」
その手紙には『この手紙を拾った者に家を与える。好きに使うがよい』という魔法使いの遺言が書かれていた。
そして、ギルドの鑑定士が魔法遣い本人の直筆であることを保証した。
ゆえに、
「クリスティアなら仕方ない」
という町の人々の理解もあって、彼女が住むことになったと聞いている。
町の防護壁外になるので魔獣被害を危惧する声があったらしいが、それも、
「まあ、クリスティアなら大丈夫だろう」
ということになったらしいから、町の住民はママをなんだと思っているのだろう、とクリスティエは首を傾げる。
三十分ほど歩いて南の森を抜けると、十五分ほど畑の中を進む。
北の森の向こう、アドルノ山脈はまだまだ白かったが、そこから吹いてくる緑の月の風は穏やかだった。
畑には芽吹き始めた野菜の葉が規則正しく並んでおり、緑の月の後半のうちにしっかり地中に根を延ばそうとしている。
青の月の長雨に負けないように踏ん張るためだ。
健気な植物たちの間を抜けて、緩やかな丘の上に出ると、前方に地方都市アルドレイアを囲む防護壁と、その向こう側にある建物が見えた。
中央にひときわ大きな館が見える。
辺境伯ユリウスの居城だ。
その屋根の上で緩やかに翻る青い旗を、右手で庇を作り、目を細めて見つめてから、クリスティエは丘を下った。
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