ママの拾いもの
阿井上夫
序幕
殺人鬼の誕生
『殺人鬼の誕生』と呼ばれる動画がある。
西暦二千二十年代後半に、欧州の森の奥でスマートフォンによって撮影された約四分の動画で、撮影者の前方に座り込んでいた人物が項垂れたまま立ち上がると、撮影者の方向に向かってくる—―ただそれだけが撮影されているものだ。
夕暮れ時、しかも逆光になっているので近づいてくる人物の表情は定かではない。
服装や体格から、男性なのか女性なのか判別することもできない。
空間が切り取られたように黒い影が、項垂れた姿勢のままゆっくりと近づいてくる様子だけが、細かく震える画面の中に据えられている。
音は記録されていなかったが、その動画を見た者には「撮影者の荒い呼吸音」が確かに聞こえた。
黒い影は途中で一瞬立ち止まると、屈んで地面の上にあった大きめの石を、両手で持ち上げる。
そして、それを重そうに携えながら再び近づいてくる。
近づくにつれて撮影者の震えは一段と大きくなり、近づいてくる者の姿が画面からはみ出すこともある。
それでも、その瞬間を記録しようとする意志が途切れることはなかった。
黒い影は撮影者の前まで来ると、石を頭上に振り上げる。
撮影者の手が震えながら、その姿をとらえる。
そして—―その石が振り下ろされたところで画面が激しく揺れ、動画は終わる。
同時に動画はサーバに自動保存されて、誰かがその所在に気が付くまでの間、眠りについた。
それからから約五時間後のことである。
百二十六名の乗客と乗員を乗せた航空機の墜落現場に急行した救急救命隊は、そこに「墜落によって絶命した遺体」九十四体の他に、「頭を石で潰されたような遺体」が三十一体あることを確認した。
そして、残る一名は周辺をいくら探しても見つからなかった。
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