第18話 添寝しませんか

「晴ちゃん、もしかして眠たい?」


 昼下がりの午後、唐突に千鈴さんからそんな質問を投げかけられた。


 そんなに眠そうにしていただろうか。表に出さないように気をつけていたのだけれど。


 本音を言えば眠い。


 特に昼食を取ったばかり、満腹になった状態ならなおさらだ。温かい気温まで拍車をかけにきているように感じる。


「そうですね。すいませんが正直眠いです。昨晩も遅かったですし」


 昨晩も吸血のお相手をしていた。試験勉強で疲れた頭と体には吸血が一番らしい。異存は無いが、エナジードリンク扱いには思う所が無いわけではない。


「……ごめんね」

「いえ、責めてはないですよ」


 もう吸血される場合、夜遅くまでかかることは当たり前になっていた。もうそれを織り込み済みで予定などを考えている。なので今更文句など言うつもりなどない。


「でも私が原因なのは事実だし……」


 本当に気にする必要は無いのだが、また千鈴さんの悪い癖が出ている。


 彼女は心配性すぎる。


 これぐらいであれば契約の範疇なのだから、逆に「体調管理はしっかりしなさい」くらいは言ってもいいのだが。


「大丈夫ですよ。お昼寝もさせて頂いていますし」

「そっか、うん。たくさん寝てね」

「流石にたくさんは寝ていたら怒られますよ」

「そうだね」


 そう言って二人で笑いあう。罪悪感が多少なりとも薄れてくれたならよいだろう。


「千鈴さんはこの後もお勉強ですか?」

「うん、休みだしラストスパートもかけなきゃ」

「お手伝いは要りますか?」


 何日か前から家庭教師をしている。とはいっても全部の科目を教えているわけではなく、苦手科目に絞ってのことだが。


「ううん、今日は理数以外をしようと思ってるから一人でやれるよ」

「そうですか」


 そういえば彼女は今朝からずっと勉強していた。昨晩も吸血する時間まで頑張っていたみたいだ。


 今回のテストは私が関わってもいるから、下手に成績を落とさないよう、気を遣ってくれているのかもしれない。


 ありがたく思うが、根を詰め過ぎていないかは心配になる。


「……もし切羽詰まっていないなら、一緒にお昼寝しませんか?」


 少しくらいなら許されるだろう。それに短時間の睡眠は勉強の効率を良くするとも聞いたことがある。


「……じゃあ、ご一緒させてもらおうかな」

「自分で言っておいてなんですが、いいんですか?」


 意外とすんなりと乗ってきた。すぐには決められないかと思い、口説き文句を考えていたのだが。


「実を言うと私も眠かったの。お昼寝するって聞いて羨ましく思ってて……」

「そうだったんですか」


 眠いままでは集中出来るはずもない。だが頑張り屋な部分もあるので、自ら休んでいたかは怪しい。私から誘って正解だったかも。


「……では折角なので、いい場所を紹介しますよ」

「いい場所?」

「ええ、寝るのにピッタリの場所です」


 彼女を先導する。わからないまま、それでも何も言わずに後ろをついてきてくれる。


 彼女を連れて離れ屋へ向かった。


 この離れ屋には私のお気に入りの場所がある。


 1階廊下の一番奥にある開けたスペース、そこにあるソファーベッド。そこをいつも私のお昼寝の場所にしていた。


 ソファーベッドは少し詰めれば二人が寝れるだけのスペースがあり、長さも十分にあるので足を延ばしきれる。

 傍に大きな窓があり、日の光がよく入り温かい。窓を開けると風通しもよく、心地いい。


 そんな場所へ彼女を連れてきた。


「こんな場所あったんだ」

「知らなかったんですか?」


 離れ屋とは言っても彼女の家の敷地内。紹介するとは言ったが、全く知らないとまでは思っていなかった。


「離れ屋ってあんまり来たことないの。昔からお母様の献属の人たちとか、家政婦さんが使ってた場所だから。その……顔見知りの人ばかりじゃなくて、入りづらかったんだ」

「なるほど?」

「それにあんまり用とかもなかったし。お姉様とか舞里ちゃんは遊びにきてたこともあったみたいだけどね」


 性格的に入りづらくなって、そのまま避けるようになってしまったのか。まあ言う通り、用事もなく来る必要がある場所でもない。


「ご要望があればまたいずれ、隅から隅までご案内させていただきますよ?」

「ふふっ、じゃあお願い。……晴ちゃんの部屋とかも見せてね」

「それは検討させて下さい」


 見られて困るものはないが、妙に気恥ずかしい。昔から友人を部屋に招いたことなどないので、なおさらだ。


「できれば見てみたいなー」

「……早く寝ないと時間が無くなりますよ」

「あっ、誤魔化した」


 断じて違う。問題を引き延ばしにしただけだ。


「それよりも、ほら」


 私は内履きを脱いでソファに寝転び、腕を大きく広げる。千鈴さんを招き入れる構えだ。


「私の抱き枕になって下さい」


 二人並んで横になることも出来なくはないが、私が下になって抱っこした方が広く使える。


「うぇっ! 私が抱き枕に?」

「並ぶと少し狭いです。それに以前に私を抱き枕にしたではないですか。あれ、私もやってみたいと思っていたんですよ」


 抱き合うことなど、吸血を含めるともう何度もしている。もはや慣れっこである。羞恥など欠片もない。


「そ、それはわかるけど、……じゃあ何でここにしたの?」

「私がいつも使用しているからですが」

「そうじゃなくて、二人で寝るには不便だってわかってたんじゃない?」


 それはそうかもしれない。


 確かに言われてみれば、そもそも一緒に寝る必要も無いのだ。彼女に自室での昼寝を勧めるだけでもよかったはずだ。


 何でだろう。こうするのが一番良い案に思えていたのだ。


「……千鈴さんに、お気に入りの場所を紹介したかったからかもしれません」

「私に?」

「はい。お為ごかしを言って、ここを見せるために連れ込んで、抱き枕にして寝る。ただ私がそれをしたかっただけです。……多分」


 一番良い案ではある。私だけにとっての。


「ようするに我儘です。すいません」


 自覚がなかったのがたちが悪い。変なことに彼女をつき合わせてしまった。


「じゃあ、私は……騙されたんだ」


 そう言いつつも、躊躇いがちではあるが私へ近づき、腕の中へ収まりに来ている。


「でもいいよ、許してあげる。私もいっぱい甘えてるから、今日は晴ちゃんの我儘に合わせてあげる」


 言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた彼女は、内履きを脱ぎさらに近づいてきた。


 嫌な気分にさせていないならよかった。乗って来てくれるのなら、遠慮した方が気まずいだろう。


 ぎりぎり触れない所まできた段階で、少々強引に抱き寄せた。彼女の頭が私の胸に収まるように位置を調整した。


「体重かけてしまっていいですよ。想像以上に軽いですね」


 私を跨ぐ形で、膝から下は脇へ逃げているので体重は分散されている。


「あ、あの、晴ちゃん」

「大丈夫です。全然苦しくないですよ」


 彼女の頭部を胸元で抱えるようにして抱きしめる。ボリュームのある髪がフワフワと柔らかい。それにいい匂いもする。触り心地もよくてつい撫でてしまう。


「そうじゃあなくってぇ」

「苦しいですか?」


 強く抱きしめすぎてしまっただろうか。中々よい抱き枕ぶりに、つい力が入ってしまった。私は犬を飼ったことはないが、大型犬を抱きしめたらこんな感じなんだろうかと考えてしまう。


「ううん、苦しくはないよ。むしろいいというか……」

「ならこのまま眠ってしまいましょう」


 タオルケットも近くにあるが、この陽気なら必要ないだろう。千鈴さんの体温も伝わってきてとても温い。時々入ってくる風が気持ちいい。


 この時すでに私の意識は白く濁り始めていた。抱き枕の効果だろうか、沈んでいくような眠気が押し寄せてくる。よく眠れそうだ。


「抱き枕に、する方は、中々いいもの、ですね」

「……される方もいいよ」


 それならよかった。


 でもそう言いつつも、千鈴さんはもぞもぞと顔を動かしていて、眠る気配を見せない。


 私の胸に頬を擦りつけるみたいな動作。落ち着ける場所を探しているのだろうか。


 気にはなるが、もう限界かもしれない。意識が落ちていく。


 心地よさに身を任せ、そのまま眠りについた。

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